新潟水俣病-その異常な減額判決 「エコノミスト」 11月2日号
人間が「このことのうらみにかえて、いくらいくらの補償を求める」と請求に及んだとき、それを値切る根拠と理由には明確な思想的見解がなければ、被害者の心を納得させることはできない。
新潟水俣病の場合、胎児性水俣病の子どもを産むことをおそれ妊娠規制を強いられ、一生の希望を欠損させられた婦人が出した五〇万の損害賠償が、何ゆえに三〇万で妥当なのか。夫を失った妻のうらみが五〇〇万という金額をとって表現されたことの深さを、どこでどう考えて三分の一以下の一五〇万円とするのか。一体、患者さんが相寄り相集まって、みんなで決めたものを値踏みするのには、どういう配慮がいるものなのか・・・
私は公判の二目前に突然発表された昭電鈴木社長の記者会見による「控訴打切り」の声明をみたときから、判決の内実、つまり補償の面について、「判決の精神」より以上に関心をもち、全文、殉難者的な修辞でかざられた声明文をよんで、喜ぶより、くさいと思った。
新聞によれば、新潟地震による農薬説を逆証明するために要した費用は人件費を別として一億円、動員延べ一万五〇〇〇人といわれる(九月二六日朝日新聞)。総費用は二~三億にのぼるだろう。この虚構も新潟大の滝沢行雄助教授の研究により、地震の前年阿賀野川で採集し、忘れられていたニゴイ七八体の分析によって、決定的に崩れている。彼らにとって勝目のない裁判であることは、昭電自身が十分知っているはずである。
社長声明は「厳粛な意味においてわが社の主張(農薬説) の正しさを歴史に対して訴えたい」といいながら変ではないか。世間に対して、恰好がよすぎる(後で同じ奇妙な感じにとらわれたのは、社長に頭を下げさせるのに数時間のすわりこみを要したのに、補償金の支払いのこれみよがしの手順のよさ。これも何ともいえず一つの”決着”を思わせた)。
私は当日、新潟にいけずテレビをみつめていて、Vサインのあと片言隻語で判決の金額を知らせるのを聞いて、ああやっぱり、”金“ でバランスをとったという思いで顔から血の引くのを感じ、詳報を待った。判決は”未必の故意による殺人“ という原告の主張の観点を採らないまま、一応公害についての"新見解”をのべたといわれる。それはわからぬではないが、板東弁護士や宇井純氏らの展開した闘いと論理を多少とも追跡している人には、最低の線での勝利であることはわかる。しかし判決のなかみの重い部分である補償の決め方に、私は裁判官の減額努力もまた異常であったことをよみとらないわけにはいかない。
水俣病は臨床的に一八年の歴史しかない。一見健康であった人が急に悪化した例は熊本水俣病患者浜元二徳さんの例で明らかだし、老齢化による顕然化や、水銀がキイになっての合併症がどのように起こるかまだ不明のままである。それなのに患者さんの決めた重症、中症、軽症の三ランクを日常生活と労務の可能性におきかえ、五ランクにした。これは一見水俣病特有の外見や日常所作では推しはかれない症状をいまの今日の生活のしかたにうつしかえ、この数年、補償のないまま、病める体にむちうって日銭をかせがなければならなかった生活を、「君は働けるではないか」という根本的には批判的な見方(つまり会社側の内実の声)に固定したことになる。
熊本水俣病患者でも、生活苦のため、働かざるをえず、そのため奇怪な合併症を起こしたり、さらに重症となりはてている患者さんはいくらもいる。それに追いやったのが企業の無責任であることを知るならば、患者さんの提出した額には、患者さんのすべての思いが金の形をとって集約され、表現されていることがわかるはずではないか。私は総額五億二〇〇〇万円に対し二億七〇〇〇万円に落着した補償額をみるとき、国と企業の共犯といえるこの私害水俣病が、総資本の合意できる値切り方で「きっぱりと決着」したのだという黒い思いにとりつかれざるをえない。