「水俣一揆ー一生を問う人々」採録シナリオ 上映時間01:47:00 黒白 発表1973-06-14 <1973年(昭48)>
〇出発するバス
1 三月一九日朝、熊本地裁にむかう貸切バス。国道三号線まで出ている患者さん達。介添人に助けられてのりこむ重症の患者さんもいる。
2 チッソ水俣支社の工場正門前をゆくバス。ナレーション『水俣から熊本の地方裁判所に出発する患者・家族の皆さんー。四年間、見慣れた姿ではあります。しかし、この中のほとんどの人たちが、判決をきいたその足で上京して、チッソの本社(東京)に乗りこむことを、もうすでに、以前からきめていました。いわばこの人達にとっては、終りを見るために出発するのではなく、新らしいスタートをこれからきるという、この出発であったわけです』
(しの笛の調ベ、鼓のような音が聞えてくる)
3 車中、妻にいたわられている重症の尾上光雄さん、ふるえる手でタバコに口をもっていく。「チッソ上訴権放棄・・・社長声明」と見出しのある朝刊に眼を注ぐ浜元二徳さん。
〇女島部落の新仏
4 男衆が野辺の送りの燈籠竿を支えもっている。皆、うれいの深い顔である。
葬式に参列する患者さん、浜元二徳とならんで川本輝夫、佐藤武春など自主交渉派といわれる人々。部落の長老小崎弥三さんの遺影に祈る川本さん。供物、玄米一俵
ナレーション『判決のわずか四日前(註・三月十六日) 自主交渉派の小崎弥三さんが亡くなりました。認定されてから一年半というもの、殆んど意識のない小崎弥三さんにかわって、奥さんのふささんは”一日も早く補償をなんとかしてほしい“ と、チッソに要求しつづけていたんですが、その願いも永久にかなえられることはなくなりました』
5 小高いすみかから、浜にむかう棺。霊枢車のテー プから等の音楽にかわって「蛍の光」がかすれかすれ流れる。
6 未亡人、ふささんがよろめきをこらえてあとをゆく。
7 庭先に部落の縁者からの花輪五つ、その列のはるか奥に、贈り主の名を記した布をひっくり返し、うち棄てられた花輪、「チツソ水俣支社長・・・」とだけ読める。その花輸のバックに静かな不知火海の眺望、部落全体に別れの曲が流れている。
〇字幕
”昭和四八年三月二〇日 能本地方裁判所 水俣病裁判判決当日“
(音楽 しの笛の立川ひびく)日吉フミ子
(水俣病市民会議代表) の声
「ここにお集りの皆様に心からお願いしておくことがございます・・ ・・・それは・・ ・・ 」
〇入廷前の患者さんたち
8 頭上にヘリコプターの音、報道陣にとりかこまれる患者たち。亡父の写真を両手に、深々と頭をたれる釜時良。胎児性患者上村智子さんを抱え、上気しつつ席につく母好子さん。凝然と黙っている浜元二徳。第一号患者溝口トヨ子の遺影をもって立つ母親。
日吉の声「・・ ・今までの裁判では(註・新潟水俣病、四日市、富山イタイイタイ病のそれを指す) 患者は決して満足ではなかった。けれども、外部が”万歳をしろ、万歳をしろ・・”その気持も、分らないではありません。やっぱりどこかで、どこかで、心のどこかで、支援している人たちは、勝ったか負けたか知りたいということは分ります・・・」
9 日吉フミ子さんのアップ。切々とお願いを伝える。しのぶえの音がうねる。
「・ ・・けれども最後の四大公害の水俣市に於ては、その苦しみが大きかったために、患者の苦痛が激しかっただけに、家族の悩みが多かっただけに、一億円とっても絶対に万歳は言えない! だから、支援の皆様も絶対に万歳は言って欲しくない!」
〇 メイン・タイトル
”水俣一揆ー一生を問う人びとー“
〇門を閉された開廷中の裁判所前
10 ”水俣病の血債を償え“ のゼッケンを着た「水俣病を告発する会」の青年が正面に坐っている。その傍の宣伝用バスの演台上から「熊本水俣病対策県民会議」(政党、労組の人々) の演説がつづく。「告発」の独自のアッピールが起り二つの磁場を作っている。(註・この判決の数日前、「告発」は県民会議を脱退した。政党セクトによる裁判闘争勝利のキャンペーン化を批判し、その意志表示として退会したものであるー土本)
11 県民会議の壇上の声
「・・ ・世界の公害第一号といわれる水俣病が発生いたしました。そして新潟の阿質野川に”第二の水俣病“ が発生し・・・」
この声に交叉して、告発会員 渡辺京二
「・ ・・ 水俣病闘争とは何か、それは患者自身が構築する、この連続的な終ることのない闘争として、今日まで四年間闘いつづけられたわけです・・・
患者自身の闘いとは何か? それは或る時は裁判闘争という形をとり、あるときは一株運動という形をとり、ある時は巡礼団の姿という形をとり、ある時は、チッソ本社にのり込む運動として展開されているけれども、これはこの世でどん底の地獄に落されて、もはやこの世のどこにも行く所のなくなったわが国下層民の・・・」
喧騒の中で、じっと耳をかたむける数百の「告発」の会員の前で、自分の心境をかたる本田啓吉さん。
「・ ・・ いま患者さんたちが、どういう思いで判決を聞いておられるか、私は知りませんけど(ナレーション『水俣病を告発する会』の代表・本田啓吉)・・・あんまり、そのほかのことを言いたい気持になりませんので・ ・・また患者さんたちの出て来ての話を本当に聞きたいと思ます。で・ ・・たとえどういう判決が出るか分りませんけれども、患者さんにとっては、この三年九カ月、とくに裁判を始めたころ、誰も水俣に駆けつけなかった頃、私たちもはじめて水俣に出掛けて、最初は二人のひとが水俣に坐り込みをし、八人のものが水俣でデモをし、その次には十一人のひとが水俣でデモをした事から考えて、水俣病の患者さんの闘い、がやはり大きく広がったことを、いまあらためて嬉しく思いますし、患者さんも心強いと思っておられると思うんです。そういう闘いの中で始まった裁判が、一応今日結末がつく、それを患者さんがいまどういう思いで聞いておられるかということを考えながら、皆さんと一緒に患者さんが出てこられるのを待ちたいと思います。」
黒地に「怨」の字を縫いつけた喪旗一条
12 判決直後、閉された門のくぐり戸から出てくる患者さん達、ロを固くかみしめた人、眼を泣きはらした女性患者、人の肩をかりた重症の人々など。迎えの拍手がやまない。スピーカー・廷吏の声「そこをずっとあけて下さい。患者さんの退廷です。そこを開けて下さい・・・。」
〇市民会議・患者主催の報告集会
13 患者代表、渡辺栄蔵さんの張りつめた声
「今日の判決に当りまして、本当に斎藤次郎裁判長は、本当に、よいさばきをしてくれ、下さったと思って、喜んでおります。(一語一語心をとり出すように区切りつつ)不平は、言えば、本当に何回も言うようですが、あります。・・良かったと思います・ ・。」
14 坂本ふじえさんが三歳当時の亡き真由美ちゃんの写真を片手に
「真由美の命の値段は決りました。しかし、二番目の胎児性のしのぶの金額も出ました。しかし、しのぶの古い傷はよくなりません。だから、この生きている水俣病患者の生きるために、私達は今からの仕事が残っておりますので、今後とも最後まで、患者の生きておる限り支援をよろしくお願いいたします(頭を垂れつつ) よろしくお願いします」
15 上村好男さん(胎児性最重症児 智子の父)
「ここに私は子供を抱いてきましたけれども、智子は判決をきくなかで、十七歳の少女が何も知らずにスヤスヤと眠っていたその寝顔をみると・・・涙が溢れてまいりました・・」
初夏を思わせる目ざしの下で、智子の母親はハンケチで陽かげを作っている。頭上のヘリコプターの音が、一点にとまって轟音をもって圧している。上村さん声を失って沈黙つづく。
「・・・私達はまだこれからも、いろいろと闘う決意でありますので、皆様の今後の御支援をよろしくおねがいします」
〇字幕 判決文要旨
”1 水俣病発症はチッソ工場の廃水中の有機水銀化合物の作用による
2 チッソは化学工場としての注意義務を怠り、廃水を放流したので過失責任がある
3 いわゆる見舞金契約は公序良俗に違反し無効である
4 患者・家族の受けた精神的苦痛、経済的困窮、社会的迫害や、治療効果のない事実などを考慮し、死者千八百万円、生存者千六百万ー千八百万を基準に算定した“
16 字幕に重ねてナレーション
『判決では、水俣病の原因はチッソがたれ流した有機水銀であるということをはっきり認定し、廃液をたれ流したチッソには重大な過失責任があるということをはっきりと断定しました。そして、患者家族にとって怨みの的であった昭和三四年の見舞金契約ははっきり無効であるときめつけました。そして患者家族のほぼ要求額通りの補償をするようにと、チッソに命じております。
しかし、変らぬ被害を背負って今後生きる患者家族が、どのように生きていったらよいのかという事については、全然示しておりません』
〇裁判所前
17 「告発」の若者たちに気持をのベる浜元フミヨさん。(註・両親を失い、弟とそして最近自分も患者に認定された)
「今日は、アノ私は金額にはー何んぼ取ってもアノ、親の命とは絶対にかえられません。それでもチッソと(言い直す)チッソに、(註・責任は・・・) あきらかにチッソじやということがはっきりしましたので、これだけはすっきりしました。今まで、ずっと何回もの裁判の中で、アノチッソは逃げてました。市民の一部も、・・・一部ではありません多数がチッソの味方をしておりました。アノ・・・被害者が、病気したものが悪くて、アノ、”チッソが良いんじゃ“ たあこたふうに今までずうっと言いつづけてきました。私は今日は、それだけははっきりしましたと思って、それだけはすっきりしましたけれど・・・アノその金をですね、・・・・親の命の金をチッソに持っていってですね、ぶっつけて、叩きつけてやりたいほどアノ腹が立ちました。腹も立って悲しくもありました。もう今まで十何年間のあとを振り返ってみて涙がせきでました。みなさまのアノ、ご支援に本当に有難うございました、ご支援下さいまして・・・みなさまをみて、わたしは涙があふれ出ました。そしてまたあのチッソの久我・・・久我じゃない、アノ土屋、(ともに出廷したチツソ幹部)あれを見て、もう本当に今日はみなさまじゃなく、わたしがぶっつけてやりたいほど腹が立ちましたけど、今日は今日じゃからと思うてわたしは辛抱しました。なみだは・・・水俣病に流す涙はなか、ともう私は、もう十何年か前に思うておりましたけど、また新しくアノ思い出しまして、今日は本当に、みなさまのご支援に・・・悲しいことはいつも毎日のことですけれど、アノ今日はとくにアノなみだがせき出ました。それでも、”チッソじゃ”ということがはっきりしましたから、それだけは良かったち思いました、それだけは良かったと思います」
〇上り新幹線車中(三月二一日)
18 静岡富士市附近、一隅に東京交渉団団長、田上義春さんを中心に、自主交渉のリーダー川本輝夫、佐藤武春さんらがかたまっている
川本「・・・この・・・問題もあって、そして判決がすんで、今後どうしようかちゃ、今後どうしようかちゅう問題は、調停派も自主交渉派も訴訟派も同じじゃもんなあ。これはいずれは調停派も自主交渉派も金をもらう訳だでな、あるまとまった金を・・・」
19 判決直後の新聞記事
”差額で具体的行動とるー補償処理一任派の代表談、差額が出たら当然再交渉・・・”
”公調委調停派代表談ー補償額早急に会社に申入れ、補償に基準がなかっただけにメドがついた・・・”
”これで補償の物差しー感慨深げな各派“
等の見出し
ナレーション『原告以外の各派患者・家族にとっても裁判の結果は同じに及びます。同様、判決後の交渉というものについてもみんなは大きな関心をもっておりました。東京交渉団はこの人たちの願いをも背負って上京していったわけです』
20 車中の話つづく
佐藤「いま田上君がこう言うとも分るわけたい。だけどよう考えた場合にたい、仮にたい、あの昨日の判決で、アノ最高千八百万円と、まあほぼ要求通りのそんことは本人だけは取られた訳たい。で、その金でたい・・・仮に千八百万あったところとしてもよ、一年に百万としても十八年じゃろ、そうじゃろう?」
〇図表(患者各派の図解)
ナレーション『水俣では、患者・家族が分裂しているという事実、これはまぎれもない事実であり、知らない人は奇異に感ずる事です。
昭和四四年に厚生省の補償処理委員会に一任するかどうか、裁判をするかどうかという事で、まず二つに割れました。そして四六年の秋に、いわゆる新認定患者が出始めてからは、直接チッソに交渉を要求する自主交渉派と、当時の中公審、のちの公害等調整委員会に調停を依煩するという二つに分れて、どちらとも決めない中間派も生まれ、そして判決の直前には実に六つの派にも分れるということになっておりました。
またチッソの味方をする水俣市も、あげてこの患者の分断、分裂をうながすということになっておりました。この中の訴訟派と自主交渉派の人たちが東京交渉団を結成し中心になったわけです』
〇東京駅
22 新幹線ホームは出迎えの支援者の群で埋っている。その気配に微笑する患者さん。
シュプレヒコールの中を患者さんはチッソに足をむける。
「チッソは自主交渉に応せよ! 」
「島田でてこい! 」
「自主交渉をやりぬくぞー」
23 チッソ本社のあるビルの前の坐りこみの人々。
〇第一日目始まる
24 チッソ本社の一部三階をゆく患者さん(三月二ニ日)
25 会見場の扉に”チッソ資材部、環境対策部“ とある。
ガランとした倉庫風の一室
26 すでに起立して島田社長以下首脳数人が並んでいる。
事態を受けて立つ構えである。報道陣の厚い人垣にとりまかれ、田上義春団長がひとり起立して対している。社長、口を開くが小語である。
「もっと大きな声で言わんか」
田上「もう少し大きな声でおねがいします」
社長せきこむ「ハイ」
後方の声「うしろの患者さんが聞えんじゃないか!」
社長「はい・・ ・判決がございまして・・・人間的に私どもの方にあの、過失責任ということが判決の中にありまして・・・(「何をモゴモゴ言ってるんだ、聞こえんじゃないか」)ええ・ ・・ ここで皆様に改めまして永い間いろいろと御迷惑をおかけしたり、今後もいろいろとお苦しみをなさるような・・・ (小声で聴取不能)そこでお詫びを・・・」
田上「御詫びを、そうする前にね、結局今言われたようにですね、本当に熊本地裁のですね、判決に従い上訴権をあげて、いま放棄したわけでしょう。(「ハイ」)今後自分たちにも責任が明確にされたちゅうところで、結局自分たちとしても、まあいろいろ要求する項目はあるわけです。一応自分たちとしてはこういうことー。ほの前にですね」
用意した紙をとり出し朗読する田上。
「誓約書
当チッソ株式会社は、熊本地方裁判所にて昭和四八年三月二十日の判決に対して上訴権の放棄を明言しました。よってこの判決に基づくすべての責任をみとめ、いご水俣病にかかわるすべての償いを誠意をもって実行いたします。右誓約いたします。昭和・・・これはもう直筆でお願いします。何年何月何日、チッソ株式会社取締役社長、島田賢一・・・」
27 会社側にわたされた紙の上を字句をたどる手もと。打合せの声
久我常務「(社長にだけきこえる声で)・・・"すべての償いを実行いたします“と・・・(社長「ええ」)しかしそのー実行出来ない場合がありうるとー(社長「ハイ」)会社の努力をもってしでもですね、ね、ということを言つて置きませんとー」
28 応答の鈍い社長に対し
田上「いちばんから読んでみてくれんな。嘘かどうか」
社長「あのここのとこはですね(と字を指で示し)今後のことを書かれた訳ですか?」
田上「そうですたい」
ナレーション『水俣病の歴史始まって以来始めて加害者が確定されたわけですが、その加害者は被害者に徹底的に附合うようにという要求なわけです』
29 田上代表、腰を下して問答しはじめる。「それはあとからの問題じゃがな、チッソは・・・。とにかく最初から読んでみてくれんな」
社長「それじゃ、あの私が読み上げます。(小声で)”当チッソ株式会社は、熊本地方裁判所にて昭和四八年三月二十日の判決に対して、上訴権の放棄を明言しました。よってこの判決に基づく、すべての責任を認め、以後水俣病に係わるすべての償いを誠意をもって実行いたします。”」
間髪を入れず横あいから久我常務が
「まあ、今の文章はこの通りでございますね。この文章につきまして、此処で御印をという御話でございますが、ああ、ここに書いてある文章の御趣旨はまことに御尤もでございます。(激しく手を動かす)ええ私どもは判決に従うわけでございますので、ええその責任を認めるわけでございますが・・・その次の事でございまして、"水俣病に係わるすべての償いを誠意をもって実行いたします“という事が書いてございます。(声を次第に張り上げる)私どもも当然そういう事を致したいと思います。致したいと思います!思いますがですね、思いますがですね!(患者さんに拒否反応の声にならない声が出る)ただね、いやいや、あの実行いたしますということでございますから、私どもは御約束する以上は実行しなくちゃならないと思います・・」
浜元二徳が瞳を光らせて凝視している。「社長さんにお願いします」と釜時良の声がとぶ。
久我の声「・・・ただ、今後のね、いや、社長に代ってね、私が申上げた訳です」
30 会社の反論
社長「それでは申上げますけど、”誠意をもって実行いたします“とここに書いてありますけれども、会社の体力やいろんな事がありましてね・・・(田上「それはあんたんとがいつもいうことじゃがな」)・・・・いやいや、あの、御相談をさせて頂いてですで、そしてあの”出来る限りの事を実行させて頂く“と(田上の声「できるかぎりっちゃ!」)はい、そういう風にあの、これを直させて頂けませんか」
田上「なんの・・・だいたい。なあ、あんたどんは上訴権を放棄して、ほてから企業責任がはっきり明確になったじゃるが。できるかぎりって・・・」
社長「いや、それでは申上げますけど、判決の、判決の結果はですね、これは完全にですね、実行いたしましたし、いや実行するということですー上訴権の放棄ということはそういう訳で放棄した訳でー、それからいろいろ御相談事項、御要望事項がお有りになりましたら、それに基づくものについては、今から色々御相談させて頂きまして、そして出来る限りの事は致させて頂きますということ」
田上「だいたいな話しはな、このなかで(ぐるりを見て)このなかでそん交渉内容でしていいわけでー。とにかくそれで、入るまえにそのおー」
社長「(深刻に)こんなに沢山患者さんが出たら補償で倒産するかも知れないなんて世間で噂されてる。それでね!あとから出てくる患者にね、補償が出来なかったら私は困るんですよ。ですからね、あの、このあとの文面について、出来る限りは致しますから、でその”出来る限り“を入れさせて頂きたいと、それをお願い申上げてるわけです」
〇交渉は惨着状態になる。すでに三時間近く経った
31 坂本フジエさんが社長につめよっている。
ナレーション『患者さんたちは、チッソが判決にしたがうというなら、この誓約書に判をつくぐらい当然のことだと考えたわけです。ところがチッソはうっかり判をついたらどういう要求をされるか分らない。企業をあくまで守ろうという立場では、うっかりしたことは出来ないという立場から一歩も出ようとしませんでした』
数人の患者さんが社長席の正面に出ている。
フジエ「書きなさい。書きなさい」
釜「ホレ、書いた! 書いた!」
フジエ「あんたがた組合の交渉じゃありません、本当の被害者の患者だから・・・だから今日、患者だけしか入っておりません、(久我常務「よおく分っております」)そのことをね、分って下さい・・・ (フジエさん久我常務を制して) きれいごとばかりならべて・・・口先だけ! 誠意があればですね、それが認められないはずはなかですよ、認めてはじめて誠意があるとじゃなかですか? 認めなさい(つめよる)みとめなさい! 社長さん、みとめなさい、みとめなさいって!」
32 浜元フミヨ前に出る
「社長さん、あんたはですよ、なあ、あんたげ会社ば、患者を作ったんですよ。自分で自分が作ったんですよ」
社長「それでねえ、田上さん、先程言うように、ちょっと文章をですね、直させて頂けませんか?」
田上「どげん」
社長「先程言いましたように"償いを可能な限り誠意をもって実行いたします”」
浜元フミヨ席に帰りかけたが背を返えす。
フミヨ「それじゃですね、文章をなおすならば患者をなおして下さい。患者の一部でもいいから治して下さい。患者のですね一部分でもいいですから、社長さんが治してくれられれば、これも直してやります。はっきりいいます! 患者のからだを、全体でなくていいです、たったひとところ、一部分でいいから、これをなおしてくれれば、これをかき直してやります」
33 田上さん立って喋り出す。
「からだば元どうりにしてくれろ、ほうしたらな(註・そうしたらな) 全部元ン・・・・あん、また人間の躰だけじゃなか(空を仰いで) 水俣のそういう自然もたいな、元にもどしてくれろ、全然いらんで。ほうたらお互いにかしかりなしゃあ。ほうたらおるどんもこれからさっさと戻りますで・・・。えらい迷惑じやろうで、あんたどんもなあ。ほれからこれを決めるか、先決じゃが。こげん簡単な話はなかで! あとは理屈じゃがな、なんじゃかんじゃのー。これが基本の問題じゃからな。(社長を、指さし) こげん簡単な話はあるな? だいたい。分り切ったこんの・・・誰が聞いたっちゃ"なるほど“ と思う簡単なこっちゃ、これは・・。おい! それば決めろ、あとは要らん、印鑑ばその前に、こん場合は要らんで! 印鑑ばっかんならつかんでよかで。おどまそれば決めてくれろ」
社長「田上さん、あのねえ」
34 突然のように、自分から話しはじめる。
尾上光雄さん「アノー、シ・マ・・・シャ・・(ハンドスピーカーのマイクをにぎりしめるが高いハーリング)」
ナレーション『尾上光雄さんは非常な重症です。言語障害がひどいため奥さん以外にはいうことは分らないのです』しかし喋ろうと努める。咳きこんでもやめない。スピーカーのハーリングの音がなくようだ。(音楽・静かに村祭りの笛のような調べ)
「オルモ、オルモ、シン、シンマデ・・・」
坂本しのぶさんが上気し、耳をかたむけている。語り終えた光雄さんに代って妻ハルエさんが言葉の意味を静かに語り継ぐ
「社長さん。社長さんよく聞いてくださいちいうとります。今からですなあ、貰うた金で食べていきおったっち、先は食べられんごとしんなっち。そしてもう、こうしてもう決ったんですから、どうかおねがいしますち言うとります。私もおねがいいたします。それに印鑑と名前ば書いてくださりまっせ。(眼うるみはじめる)うちんと(註・家の人)はですなあ、ひげそり名人ち有名でした。それですねえ、もう十七年ずっと猫飯ばくうとります。ごはんと魚とまぜくりあわせた”ねこめし“たいなあ。箸ごつももう取りきりまっせん。よう考えて下さい。おねがいします」
〇社長と坂本しのぶさん
35 万年筆を折れ曲った手に握り、にじりより、頭をさげる
「おねがい、します」大人の患者さんの間に熱い衝撃が伝わっていく。
上村好男「社長(声が昂ぶる)このしのぶちゃんがね、おねがいしますと持ってきたんですよ、この体で、この不自由なからだで!(患者さんの声「フラッシュ焚かないで下さい」)書かして下さい」
しのぶ「オネガイ シマス」
上村「お願いしますと言っているんですよ、こういっても書いてくれんとかな、なあ」
報道のカメラの連発にしのぶさんをかばう患者さんが怒気をふくんで「あんたら、あんまり・・・やめんな!やめろ!」
カメラは社長の背後にある。島田社長のひたいに濡れタオルがあてられる。久我常務が看護のそぶりをする
久我「ちょっと風に当らせて下さい」
川本「また!そういって逃げだす」
フミヨ「(カメラに) あんたたち、ちょっと、報道陣の方ば、風ばあたらして下さい」社長の容態を気付かう。
釜「社長逃がしてしまったら責任とらすっとぞ」
釜しおり「(ひれ伏すようにはいつくばって) 書いてください、おねがいします。みて下さい、この子を・・・ ・」
釜時良「この純粋な気持を踏みにじってどうするんだ、お前たちは。なあ・・ ・」
36 しのぶさんを前に、社長は悪感に襲われる。久我常務らが社長を窓辺につれ出す。
声「さがつて、さがつて」
田上「よかがな、風に当らせろ」
川本「逃ぐるな!」
久我「逃げません逃げません」
密閉した窓をあける
37 窓より真下、大通りの半ばまで占める坐りこみの人々の群、完全にビルの入口を制している。交通巡査もやむなく片側通行の整理に当っている。
〇同じ部屋閉じ席
38 誓約書をめぐってなおもつづいている。
浜元フミヨ、久我常務の面前に顔を近づけて糾弾する。
「なあ、”水俣病に・・・完全に水俣の会社でありました。水俣会社が水俣病をひき起せました。悪うございましたち、本当にひとこと言っとってみんですか。海も汚れん、会社もよか、患者もまだ出ん、あそこを完全に救っとったですよ。 ( 註・三十四年当時に触れて、その時の会社のごまかしを責めている)それが何百人出るか、何万人になるか、片端子はまだ出てきますよ。何して三十四年のときから、あの手この手でことわってきた。あんたどまだましてきたろが、患者ば。患者の躰ばようなるちなら、医者どんば連れてきて良う治してくるれば、印紙ばいらん、印鑑ばいらんば、裁判で出た金もいらない。金は・ ・・私は満足しておらない。・・・親の命が欲しい。子供の命が欲しい、からだがほしい。あん子(しのぶ) がいうのが分っとですか。嫁ごも子も持っとるとかあんたどま。人間はなんのために生まれてきたちおもうか、人聞は、なんのためにうまれてきたちおもうか!」
39 浜元二徳(フミヨの弟)
「もういろいろ言うたろうみんな。よう語れんことが山々あるっと。ここで言うたりしちゃ今までみたいな風で、文章をかけないとか、どうとかこうとか、印鑑も押されんとかどうとかこうとか言うから・・・はっきり言って二つにひとつだい。判決額にはおらあ満足しとらん。はっきり言うたらおれのからだを元にもどそうやい。おるのからだを元にもどさんばね・・・二つにひとつたい、もう・・・」
40 誓約書を手に字句修正に固執する社長。
「そこを"可能な限り実行いたします“と」
田上「いやなんの、”以後水俣病”じゃっで、今後ちうことたいな。今後はそん(その)すべての償いを、そん・・・・。”可能な限り“ちゅうたろがな"誠意“を消して・・・”可能な限り“ちゅうて・・・」
社長「”誠意“は入るんですよ。”誠意”は入るんですよ。”以後水俣病にかかわるすべての償いを誠意をもって可能な限り実行いたします“と・・・」
田上「そりゃあんたとこの都合な」
フジエ「会社の都合たい」
田上「ほうたら水俣病患者はたいな、水俣病はあんたどんが作ったで、裁判所でも、そんはっきり責任ば認めとったつじゃで、こぎゃんあんたどんが都合の良かことばっか、あんた。そりゃこっちが”うん”と言ったら話は別たいな・・。これは”うん”ち言った時の話じゃがな、だいたい。ほうしてから”可能な限り”ち・・・ほれはこっちに相談して、こっちが”うんんよか、これでよか“ちいったときに”可能な限り”でよかですばい・・・なあ。」
〇同じ部屋 夕刻
41 年配の婦人が姿勢を正して社長にむかう「だあれも、(註・チッソを)潰そうと思ってる人はおりません、水俣では、私は・・・」
ナレーション『水俣病市民会議の日吉フミコさん。水俣市の市会議員でもあります』日吉さん説得的に・・・誰もあんたらの会社を潰そうと思っていないんですよ。あんたたちの本当に誠意が分ってね・・・本当に考えているんですよ。その誠意をね、まだでもあなたたちが口先だけでね、言わんならばね、まだでもこの次またどんな問題が起きてくるか分りませんよ。そうでしょう。・・・一っぺんも信用されることをしたことはないじゃないですか。今度ぐらい信用・・・信用されることをして下さいよ。そしたらね誰でも無理は言いません。・・・チッソはね、やはりチッソはかわいいんですよ、水俣の人は皆」
社長「(日吉さんにむかつて)分りました、日吉さんのおことばを信用して・・・・・・」
社長、うつむいて署名にかかる。
ナレーション『何を決めるにも、第三者の斡旋がなければ絶対に認めようとしないチッソです。この時の日吉さんの発言にすがりつくように、いわば日吉さんの顔をたてて誓約書に判をつくことを認めました』
42 頃あいをみて、突然土下座をする島田社長「皆さん、どうも御迷惑をかけました」
声「みんなせんか、久我も」
社長「はい、させますから・・・」かたわらの久我常務、社長にならい、軽くひざまずいては立上る。
43 姉浜元フミヨの話に耳をかたむける弟、二徳と坂本フジエ、ともに柔らかな表情でききいる。
フミヨの声「・・・毎日ひにち、朝も晩もですよ。フロにいくとも、そこにある品物もとれんとですよ。とってやるとですよ・・・」
フミヨ、眼に涙をうかべている。激しいことばの戦いの休止符である。父に訴えるように情感にみちた語りである。
「・・・私がとってやりしたり、嫁ごがとってやったりしとっとですよ。(間) 私は弟にですな、あんまり歯がゆくて、たまに怒ってみて、おこってみますがですな、あとは一涙がせきでるとですより(涙ばなをすすり上げる) ほんじゃあなあ、患者をばかかえんもんななあ、ほんとうに分らんとですよ・・・」尾上ハルエさん、汗ばんだ夫の坊主頭をひたいからてっぺんまで拭いてやっている。
44 署名捺印後、文章をよみあげる社長、衆目いつに社長に注がれている。
「・・・ ”昭和四八年三月二十日の判決に対して、上訴権の放棄を明言しました。よって判決にもとづくすべての償いをみとめ、以後水俣病に係わるすべての償いを誠意をもって実行いたします。右誓約します。昭和四八年三月二二日、チッソ株式会社社長 島田賢一、チッソ本社交渉団水俣病患者・家族代表 団上義春殿“ ・・よろしいですか・・・」
田上団長他、黙って丁寧にうなづく。
〇翌二十三日
45 チッソ本社資材部前の廊下にしゃがみこんで待つ婦人患者、老人たち。
坂本フジエさんの声「あのお願いですけれども」
ナレーション『あけて二十三日』
フジエ「・・・患者さんがみんなですね、四階の社長さんの室の隣りの応緩間でもいいから・・・社長さんの室も見たいと、患者がおっしゃるんですよ。だからそんなにたくさん誰も入らんから、その、この場所を変えて頂けないでしょうか」
社長「せっかく準備しましたから・・・多分・・・」
46 昨日は満員だった三階資材部の室は閑散としている。少数の代表だけが「会議の場所」のことで交渉している。
47 人気ない四階入口、鉄格子と鉄板で作られた扉が閉じられている。鋼管で作られた格子は幾度も溶接しなおされ、孟宗竹のように節くれだっている。
尾上時義老人の声「(ダミ声で) そしてわたしどもが何くあいもゆうようじゃけどな、座敷にあげてですよ、わたしどもをもてなしてやっとがあたりまえじゃなかですか。いなかに来てもなあ、すぐ”どうぞ、お上り下さい”と、お茶でもだして、漬物でもだします(”そう”と相の手の声)」
48 鉄格子の奥に人影は全くない。(全社臨時休業中である)
田上団長の声「やっぱりなんですか・・・鉄格子はまあ意味がないわけですたいねえ、もう。(答なし) だいたいあれは会社としても絶対いみはないわけですねえ・・・」
49 資材部の室、机の間を離して対峙する会社の幹部。社長、黙念とし、久我常務がひとり応答にいそがしい。
坂本フジエの声「恥かしもなかですか、あの鉄格子・・・・」
久我「恥かしいですよ・・・」
フジエ「そうでしょう」
久我「ただね(恥かしさをこらえてでもね)今、あそこにああいうものをね、置いておかなくちゃならないという懸念をまだ払拭しきれませんと・・・まことに残念ですけれど」
フジエ「今とりなさい、本当に」
50 浜元フミヨ、両者の間に入り、勝手に机をずらしはじめる。ぴったりと寄せるまでひとりで作業をする。(音楽、はやしのようなしのぶえの調べ、陽気に奏で出る)
フミヨ「よかかな、そういうこって、交渉ちゅうもんはなぁ、話合いちゅうもんな、こういう風にせんばならんとぞ。(幹部呆気にとられている) こげんして話しあいせんばなあ(机をどんどんくっつける)喧嘩はせんだっで、人ばぶちごろすことはせんじゃつで・・・・これじゃ話も遠か、はなしも」
〇四階、鉄格子
51 鉄のくぐり戸が開かれ、入口全面に構築された鉄格子を酸素溶接でやき切る。その炎と火花のアップ。(村祭風のはやしの音が高い)
〇同じ日、午後四時、本社四階会議室
52 カメラ会社側のうしろに位置、患者さんとむき合っている。
田上団長「・・・それから具体的に・・・まあ薬代・・治療費ですね(黒板に書く音)・・・マッサージ代・・・温泉治療賞、それから・・・」
ナレーション『この日の交渉は、判決後、打切られることになっている医療費の支給を代りにチッソに求めるということで、まず治療費、薬代などの要求からはじまりました。患者さんみんなにとっての共通した願いであったわけです』
53 黒板に要求事項が書かれてゆく。
田上の声「チリョウヒか・・・、療養費です・・・マッサージ代ですね・・・」如何にも柄々たる要求のだしかたである。
54 黒板の字のアップ
療養関係(金額は物価スライド)
1 治療費(クスリ代、マッサージ代、療養費、往診質、温泉療養、ハリ・キュウ治療の手続の簡素化)
2 通院費
二日~七日 五、〇〇〇円
八日以上 一〇、〇〇〇円
3 入院手当
一日~一〇日 一〇、〇〇〇円
一一日~二一日 二〇、〇〇〇円
二一日以上 三〇、〇〇〇円
4 介護手当
二種一級以上(最重症)日常生活に支障あるもの
一日 三、〇〇〇円
5 介添え費
二種三級以上(重症)日常生活に支障あるもの
月 三〇、〇〇〇円
6 おむつ手当
月 二〇、〇〇〇円 等
〇社長見解の全面展開
55 社長「(黒仮を一覧して)・・・この項目はひとつご辛抱ねがえんかという項目があるかも知れません、まあ私はよくみてないから・・・そういうこともありますけれども・・・一番基礎になるですね、考え方をですね、左右するものはですね、本当に払えるかどうかということなんですね。(患者一同聞き耳をたてている)本当に払えるのかと。それだからね、昨日は実は、ぎりきりのとか可能性のとかにこだわったのは、それなんであってですね、まあ、それは当然のことだというお話だったので入れなかったんですけれども、こういう問題を真剣に考えていたわけなんですよ、正直のとこいいますと・・・ねえ」
56 新聞記事
”チッソ社長を喚問ー参院予算委、補償問題などを説明”
ナレーション『この日、チッソの島田社長は国会に呼ばれて、深々と頭を下げたんですが、これをきっかけに、何とか政府に依存しようとする下心も持ちはじめていました』
57 社長背すじをまっすぐに立てて話しを進める「・・・最大限分って努力しようとですね、会社じゅう、分って努力しようと出来ないことがありますよ、それは、その瀬戸際まで来てるんでね、このことを申し上げるんでね、何も努力しないなんて言ってる訳じゃありません」
浜元フミヨの声「あんたが社長さん、精いっぱいやってみてな」
釜時良の声「あんたがやったら、政府がすっとやが・・・」
フミヨ「あんたが精いっぱいのことをしてみなさい、水俣患者に・・」
重い空気を押しのけながら
田上団長「そりゃも、それをかね合いで結局、もうあとはもう面倒見をふくめて、かね合いで結局そうせざるを得んというとこですたいねえ、みんなを公平にするってとこで・ ・・」
社長「(高い調子で)公平にするということについては、田上さんも別に御反対はないでしょう?」
皆「公平にすっとは・・・」「社長さん」
久我「どの患者さんにもね、会社はね、やっぱり同じようにしなきゃいかんと思うんですよ。この患者さんにはこうする、ね。・・・この患者さんにはこうする、そんなことできませんものね」
坂本フジエ「それはあったりまえのことですよ」
老人患者の声「何かひっかけてる気がするぞ、こりゃひっかけだぞ!」
田上団長「(髪をかき上げながら) しかしそこに、なあんか割り切れんところがあるなあ。そン公平にするにしても、どこにその公平というその額の基準があるとですか、(久我がしゃべり出す) 公平ち今社長がおっしゃればですよ、いま仮に、訴訟派にこんどの裁判で決まったその額をですね、仮にこんど起ってくる、また今まであった・・・・仮にまあ水俣の場合一任派の方は結局、もの凄い差があるとですもんね(註・一任派は死者最高四〇〇万円) あれもそれ並にしてもらわばつまらんじゃもんなあ」
社長「それは・・・ これは調整しますと申し上げてあります、一任派の人にはね」
久我「(話をついで) そのこういう各項目についても色々ですね各派患者さん方に、不公平のないような色々な扱いをするには、やはり、どういう風に考え方を整理していくかと・・・いうことを、片方では会社としては考える必要があるわけですよ、ソレ、それは会社の勝手とおっしゃるかも知れません・ ・・しかし、会社から見ますれば、みんな同じ患者さんなんですよ」
社長「それでね、(咳ばらい) いろいろねえ・・・ (野次を聞きとがめ久我「誰ですか、今おっしゃったの」) いろいろねえ、まあ一寸いい・・ ・森中先生(註・参議院議員(社) 、この日予算委員会での質問者) に、これは一寸少しー田中総理も三木副総理も福田さんも皆ズウッと居る、大平さんも並んでいる。”会社が払えなくなったらどうするんだ“ と”あとの患者さんに泣き寝入りさすんですか”と、もうひとつ言いたかったのは"そんなら泣き寝入りさすわけにいかんのだったら、国家が払うのか”といいたかったが、それはまあいわんかったが、どうするんですかと・・・ その問題がある限りね物事がつつかえているんでね。そうするとね、その金はもし国家がね”患者さんに泣き寝入りさすわけにはいかんから“ と言うて国家が払うとしたらね、国家が払う金額を私が決めることになるんですよ・ ・・。それでなきゃ、軽卒にこれはですね、軽卒に責任者としてですね、出来ることではありません」
坂本タカエさん自分のこめかみを叩く。社長の一言葉を耳でききながら、質問のため身をのり出す上村好男さん。
上村「返事は出来ないが・・・とできないということと・・・.そしてアノオー・・・また、これから認定されるであろうその人員すらはっきりしていないんでしょう? 事実。(社長「はっきりしていないですよ、ウン」) じゃ、それまで、この自分たちの要求は待て!ということですか?(黒板に書かれた要求を指しながら) 私たちは当面、必要であるということを含めて今日これだけもってきた訳です。もうあしたから困るんですよね」
社長「一寸待って下さいよ。今、そういう風に貴方が言われたように、皆さんの方がそういう風に・・・ アノーそういう風な御気持になればなるほど待ってもらってですね、全体のヤツが分ったまでですね、待ってもらった方が非常に考えやすいわけですけれども、そういう訳にもいかんでしょ? そういうわけにもいかんから・・・」
荒木老人「・ ・・そりゃ死んでしまう、みんなが・・・・死んでしまいますよ」
社長「・・ ・ですから御持ちになってる要望をね、全部ーまだあとあるまだあとあるというじゃなくー全部お出し下さいと・・・」
声「とにかくこれ(療養関係費)が必要か、必要でないか答えて・・・・・・」
上村「今日から、あしたから必要なんですよ。とにかく患者はですね、もうあしたから困るんですよ」患者さんはほぼしどろもどろになる。
〇スキャンダルを曝露して状況を変えようとする浜元フミヨ
58 「社長さん、そんならチョッと聞きますがね。今度一任派にですね、むかしの確約書のごとばやってですよ、あすこの周囲ばまとめて、患者ば泣かして、それば決めてきて、私たちに決めよち言うとですか」
社長「いや! そんなことするつもりはあり、ありませんよ」
フミヨ「そう意味につながるとじゃなかですか」
社長「いやそんなことをするつもりはありません。それはありません!」
声「分らん、今までの実績から・・・」
フミヨの発言の中からおはやしの笛。
59 再びフミヨ起つ。ー音楽重なる。
「一任派の人はですね、水俣の水天荘というところに行ってですね、ちゃんとですね会社からも持ってきて飲み放題っち、一任派に私の従兄がおります。その嫁が私に言いました。(陽気な鄙びた笑)ーなあ、ちゃんとですな水天荘に行ってて、なあ、定食の刺身ごしらえで、エビのフライ、あの何ちゅうですか・・・・トンカツちゅうですか、何ちゅうですか、二の御膳がついてですね、ビールもね、何ダースと持ってですね、会社から御馳走じゃったで今日は行きました。はいこう言いきかせました私にー。(会社は軽く狼狽の色をみせる。患者さんたちに生気がかえったかのようにさわがしくなる) 私達はですね、おんなじ病人家族の水俣病ですけどね、会社からそういう御馳走をうけたことはありません」(「そうですよ!」等の声)
浜元二徳、社長の正面に陣取ったまま、痛みどめの注射を尻に打ってもらっている。
皆、その尻をあわれにみている、「痛ッアイター ッ」の声。
〇社長の結論
61 社長、一こと一ことを選んで途切れ途切れにのベる。
「ききほど・・ ・田上さんにお願い申上げましたようにね・・・あの、あとの要望も伺わせていただいて、そしてアレをしないとですね・・これだけでしたらですね・・・あの御返事、本当にできる金額になりません。・・・逆に言いますとね、ええ、今日御要求いただきました金額・ ・・これを私の方で・・ ・あとの新らしく出てこられる患者さんの数ですね、これをまあある程度想定してみまして、そして・・・金額を算定してみましたならですね、(咳こむ) ええこれだけの負担をしていって会社なりたちません・・・」
患者さんはやじ一つなく、じっと聞いている。みなつきつめた、どうしょうもない表情である。
社長「(つづけて)・・・ですから、御返事するのにはですね、或る種の・・・重大な決心をした上でないとですね、御返事できる金額になりませんですから・・・まことに残念ですけれども・・・今日は御返事できることになりません」
浜元二徳「(押さえた声で) 治療費もや、なあ・・・治療費もや」
社長「それでね、あの・・ ・(沈黙のあと) 治療費の中のさっきの実費のやつですか? いや医者にかかりますけどもね、医者にかかった医者代要るということは分るんですよ。(浜元「分るでしょう」) うん分るんですけどもただ・・・」
浜元「それも出来んちゅうとやあんたは!」
社長「いや(沈黙) だからあの中でですね、あのそいじゃ治療費だけなら治療費だけでよろしいか? そのほかのもの、そのあとのものをお聞きすればですね、会社なり立たないんですよ。だから・・・」
浜元「よろしい? よろしいかじゃなか、治療費だけでも、いや治療だけでも、療養費だけでも、ここでしていけ! せろ! ちゅうとたい、もう直接ー。いまもあんた知っとるだろう。腰の下、もてんとたい。注射したとて一日二回打っとたい。それで、直接、そういう、そういうもんでも、アレせろと言うとたい」
社長「・ ・・あとは御受け出来ない、御受けするには別途の決心をしないと御受け出来ませんから」
声「入院費だけなとどうですか」
社長沈黙する。一同、交渉が早くも堅いデッド・ロックにのり上げたことをひとりひとりで噛みしめている。
〇交渉三日目
62 チッソ本社前にウィーク・エンドをたのしむ行楽客が鳩バスにのりこんでいる。ビルの正面玄関前に一かたまりの"告発“ の群。
ナレーション『翌三月二四日、前日にひきつづいて交渉は医療と生活の保障についてねばりづよくつづきます』
63 四階会議室机の上に釜時良さんが土下座したまま語りはじめている。彼の妻しおりさんが見かねたままその場に釘付けになっている。
釜「社長、私のおやじ(註・故釜鶴松) が水俣病で倒れた寸前ですね、わたしんちはね、家督にしてはね、今判決ででた金額以上の品物があった訳ですよね。それをおやじに全部打込んでもおやじは生きあがることは出来なかったですよね。そして一方、となりの親方はね、息子に三〇〇万呉れて、その息子はいまね、三千数百万、四千万近いね、資産を作りあげていますよ。私もねおやじがおってね、やってくれたらね、それ以上の資産をつくり上げたと思っています。(大声で) できるんです海のなかは・・・。(社長、恐縮した顔つきで立ったまま、話を聞いている)その海のなかの仕事も出来んようにしてくれてですね、いま自分も水俣病に汚染されて・・・ (身もだえして) 自分は水俣病になりたくないばっかりに逃げまわった。熊大から何回かもきて、呼出しがあったけど行かないんですよ。これは事実ですよ、とうとう家族を・・・自分の子供を引っぱられたために、とうとう私は行かざるを得んことになって行った。・ ・・とうとう水俣病の申請書を出しなさいということになってしまった。この空しさちゅうもんはねー 」
ひとびとの声「答えんか、早う」「面倒みるのか見らんのかあ」「それが誠意か、まこて」
釜、頭を伏せたまま「一生面倒みますか、みてくれますか、みるのが必要でしょうが・ ・・わたしひとりが水俣病に汚染されとっとじゃなかですよ。(右の妻の方を見ながら) コレもねまた仕事がでけんようになっとっとですよ。介護人が必要なんですよ、(田上「そりゃ聞いてみれ、こんどは・ ・・」) コレをね、担ぎ合って来たわけですよね」
釜しおり「私はもうどうなってもいいです・・・この、こどもですね、こどもですよ、私たちはコドモだけ、何にももう頼るものない。でもこどもだけを生き甲斐にしてるんですよ。(胸中のことばが、わななきのあまり身をよじらせながら語る)・・ ・ それをあなたは殺そうとしているじゃありませんか! それでいて、・・・そんな・・・人間って・・・あんた、あんたはにんげんですか、にんげんだったら、誠意があったら、ほんとに答えなさい。 あなたにほんとうににんげんの気持があったら答えなさい」社長は凍りついた表情のまま立木のように起っている。
四囲騒然となる。
田上「しかしあんたどんの社長も人間じやろうが・ ・・」
しおり「あなたには奥さんもこどもも居ますでしょう。にんげんだったら答えなさい」
川本「釜さんの納得するまで答えろ。釜さん一家が安心して生活出来るようにするのかせんのか。おやじを殺した罪を償うのか、オイ! 」
社長「それはねえ、それを御返事させて頂くにもですねえ、先程何べんも同じ事をくり返していますけど・・・」
しおり「そんな事聞いていません!」
田上「そりゃ口ばっかりじゃが、そりゃ。くちばっかりじゃが・・・・・・」
しおり「答えなさい!」(テーブルの上のガラスの灰皿の割れる音)
田上「社長! 待てっていって、病気、どげんなるとか。死ねというとか。そんなら・ ・・」
久我常務が頭をかかえてうつむいている。
日吉フミ子の声
「社長!整理の第一段階として、医者にー病人になったら医者にかかる金はまず払いますと、看護人にかかる費用はまず払いますと、そのくらいは言えるんじゃないですか」(あちこちから「言え」という声)
64 社長は口を閉したまま事態の中に身をまかせている。釜しおりさんが狂ったように叫び出す。
しおり「これはね、ひとりの為じゃないんですよ、患者のみなさんの苦しみで、こんなにしてるんですよ。皆さんですよ、こりゃひとりじゃないんですよ。みんな、こんなになっていくんですよ。・・・親を殺され! こどもを殺され!自分を・・・みんながこういう・・・苦しんでいくんですよ。みんなですよこれは。それでもあなたは苦しんで死んでいけというのですか、あなたは」
釜「患者をみるということをひと言いうて下さいよ・・・患者をぜんぶ看ると。すべての患者をこれからぜんぶ看ていくということをひと言私に答えて下さい」
坂本フジエの声「あったり前のことが言えんですか。そして・・どっちが被害者かな、加害者かな」
社長の沈黙にかきたてられて、患者さんたちののしりの声が高まる。
声「こたえろー早くこたえる!」
浜元フミヨの声「しのぶちやんでも、おるげん弟でも附添いは要らんちゅうとか!医者どんに、この人間は行かんち分っとるか!」
社長「どこまでね、どこまで看るかつて・・・」
川本「二十年も人ば待たせておいて・・・」
悠り声が社長の弁解の声をかき消す。
社長「誓約書に入っているように、実行しないなんて言っていませんよ」
川本「二十年も待たせて、裁判で四年も待たせた。まだ、それでも待たすっとか・・・それでもまだ面倒ば看れんとか! なあ(フジエ「面倒みらんちゅうことじゃ」) 面倒みらんちうことをもう確認! いいか」
社長「そんな事を申上げてるんではございません。」
フジエ「そんならか面倒みますと・・・」
社長との押問答つづく
社長「メンドウということばを使われるんでね、非常に分りにくい、私は・ ・・」
一斉に「そげんことあるかな!」ただ黙って聞いていた患者さんも満面怒気をふくんで仁王立ちになる
社長「誓約書、・・・誓約書の中で、”誠意をもってね、償いを実行します“ と、それをぎりぎりどこまで償いを出来るかということを・・ ・待って下さいと申し上げて・・・ (社長はげしく咳を連発してうつむく)」
フミヨ「社長さん、社長さん、めんどうをみるというてもらえばですね、あとは話し合いになっとじゃなかですか」
〇故山田善蔵さん未亡人ハルさんの訴え
65 同じ日、夜、山田ハルさんが夫のことを語りはじめる。「ほんとには、こういうのはおかしいんですけどね、うちの主人は・・・」
ナレーション『水俣病が終ったことにされていた昭和四〇年に水俣病で亡くなった山田善蔵さんは水俣市立病院で全く別の病名で片付けられていたのです。奥さんのハルさんにとっては、善蔵さんが水俣病であるとチッソが認めることーそれがほとんど生き甲斐になっていたんです』
ハル「・・・ほんとに、だいじな、だいじな、だいじなひとでしたよ。私は三十何年一緒にいましたけど文句ひとつ言われたことなかったんです・・・」(音楽しの笛の憂いある調ベ)
支援のチッソの第一労組員の声「あんたおるげの社長じやろが、答えんな」「答えんか」
川本「加害者として答える、加害者として」
ハルさんの夫への追憶は社長の心をわずかながら衝つのがわかる。口を動かすが言葉はのみこんでいるようだ。
ハル「・・ ・十年もどんだけにもなるけど、ただの一日も忘れたことはないし、(註・命日の)十六日になったら、お坊ンさんがお経あげてくるるのが、それがたつたひとつの楽しみで、十六日経ったらまたの十六日、また十六日終ったらまたの十六日、それがたつたひとつの楽しみで生きてっております、いまのところは・ ・・。それだから、どうぞお願します。(机に頭をすりつけんばかりにしたまま、動かない)」
川本「社長、決断せんか!」決断を求める声があちこちからー。久我常務、島田社長にひとこと耳うちをする。
佐藤武春「お前の考えでやっていいじゃないか」全員総立ちになって、社長の決断の時を待っている。社長の頬がひきつる。しきりに口が動く。
ハル「そしてもう、私もあんまり長く生きておりません・・・」
支援のチッソの第一労組員、社長のうしろについてしきりに決断をうながす。久我また、耳うちする。
川本「久我! 何のお前の喋っとこあるか。居なおるつもりか」
労組員「いやいや居なおりじゃない。決った、社長が人間らしくなったもん。キマッ夕、キマッタ、」
ハル「私、新潟から・・・兄弟もおりますけど、こういう遠い九州に嫁になったものですから、せつなあー い胸のうち、誰に・・・・・・」
社長「分りました、山田さん。」
ハル「義兄さんも水俣病みたいになって死んで・・」
社長「ですから山田さんがね・・・」
〇字幕
66 ”今まで認定の手続なしに死去した患者には、補償はなされないできた。故山田善蔵さんの場合、初めて、その前例が破られたー三月二四日深夜”
字幕に重ねてナレーション
『善蔵さんについては、病理解剖の結果もはっきりしており、論文にも書かれているということから、チッソはついに認めました』
〇三月二五日 徹夜交渉
67 午後一時、東京びル一階ロビー 、高架線上を国電が通る。シルエットの告発の人々。弔旗のような怨の旗十数流。前日と同じ会議室。患者さんがひとりひとり思いをのべている。
坂本トキノ(長女キヨ子を娘ざかりで失った母親) 「あなたの長女を私に売って下さい。(傍で江郷下さんの老母が「買いなさい」と咳く) ねえ、ほうすっとね、水銀のまして、ぐたぐたになして、あんたに看病させますから・・・ (江郷下「ハイ、ソウ」)わたしは三年間、手もあてられない、くづれて病んだ娘をあずかってきたんですよ、この手で、夜もよなかも・・・。親娘ふたりが泣いて・・・。そんなことが分りますか、あんた方には・・・。だからわたしが貰ったお金で、あの娘がもらったお金で、あんたの子どもを買いますから・・・。ねえ、そんで水銀のましてぐたぐたになしてあんたに看病させますから・・・。してみなさい、そうすっとわたしたちの気持が分るから・・・。からだ全体膿が出てね、腐れて・・・ (傍らで坂本フジエの呟き「話にならんな、治療費も出さんとやもんな、まこてもう・・・」) それでもあなたがた、にんげんですか・・・」
身につまされて患者さんは眼に涙をたたえている。そのひとりひとりをカメラはゆっくりと見つづつける。
68 長いビルの廊下、杖にたよる老人患者が手洗いの帰り、途中大理石の壁にもたれて一ぷくしている。
川本の声「知っちょるかい、水俣の中津さんというひとは・・ 中津芳男さんの娘が何ち書いとるか、ねえ、全部は読まんけん所どころな、よう聞いとけよ・・・」
69 川本さん、作文集を開いて社長及び幹部によんできかせる。
「・・ ・『水俣・ ・・ 三ノ一、中津マリ子・・・わたくしが生まれ、今日まで育った水俣は熊本県南部の市です。水俣といえば知らない人はいないくらい有名ですが、公害で有名にしてもらったなんでいうのは、大変不満なことです。九州のいなかの水俣が、大都市にまけず、いち早く公害都市とよばれ・・・・・・」
70 長い廊下、老人ふたたび歩行をはじめる。
川本の声「・ ・・世界的に残酷なにんげんどもの住む町だとふりむかれなくなったのに、ほんとうにさびしい空しさを感じます。中略・ ・・すばらしく・・・すばらしい自然とたのしく珍らしいお伽ばなしに抱かれたわたしの故郷・・ ・もくもくと大空にひろがっていく黒い煙、すこしずつむしばまれ、またもうひとつ公害が生まれるのではないかと恐怖をかんじさせます(音楽しのぶえのしらべ)・・・」
耳をかたむけている社長以下幹部の顔、神妙である。
「・・・鹿児島県・・・鹿児島県との県境の袋(湾) は二つとない美しい、汚したくないものだと思います。水俣から水俣病は・・・水俣病が消えても、その名は一生残るでしょう。 (涙声になる) しかし心の中にいだく故郷は美しい姿そのままで深く心に残っていてもらいたいものです』とかいたるぞ、お前、まこて?」川本さん泣いて言葉をつまらせる。
71 社長の手に作文集が渡されている。
川本「名前から読め! 名前から」
社長「『私の母・・・私の母・・・二ノ二、佐藤秀敏、・・・現在、世界じゅうの深刻な問題、公害問題・・それはこの美しい日本を、この美しい世界を、死の日本、死の世界にしょうとしています・・・』」
窓の外に新幹線がゆっくり入ってくる。ビル街が無機的なたたずまいをみせている。
坂本しのぶさん、同年輩の作文を一生懸命聞いている。
社長の朗読「『・・・この美しい日本と、この美しい世界を、にんげんたちは自分たちの欲望のために私欲のこと以外のことなど考えもせず、どんどん自然を破壊しようとしています・・・そして何にも知らない動物たちは、人間の欲望のために・・・(頁をめくる音) 』」(音楽やむ)
〇浜元フミヨ じぶんの半生を語る
72 すでに眼に涙があふれ頬をったっている。
「・・・父が亡くなったとき、兄貴が、フミヨっち、お前に嫁ごになってくれろちゅう、俺に相談があったがおまえどけんしてくるるかっち、兄貴が相談しました・・・(激情がフミヨを襲う) わたしはそんときは悲しくて悲しくてたまりませんじゃった。”兄貴分るっち、あんたにこの親をあてがってわたしは行かれんと、あんたばひとり養うた親じゃないと・・・わたしもみんな同じものを食べて養うてもらいました・・・いいや兄貴! ってわたしは年はとってもかまわない。あとには母もおとうと(二徳)もこげんしとって、どうしていかるるか・・”っち(註・兄は) ”ううんっち、おまえが行ったら一家全滅、ぼくも全滅、あんたがそげん言うてくるれば、おるも助かる・・・あんたが嫁に行ってくがねるれば、五本の蟹の肢をもいだと一しょだ“ ち、兄貴が私に言いました。(涙せき出る)わたしはそんときは、兄貴もわたしも泣きました・・・チッソのおかげで・・・そいで年はとってきました、そしたら認定されました、そして認定されましたら”水俣病の印”をからいました(註・背に負った) ・・・いま現在しごとはできません。嫁に行く・・・何にもなかです、生くる途はなあんもなかです・・・」
弟二徳、眼頭をしきりに拭いてうつむいている。
フミヨ「・・・社長、わたしは会社の姿勢なんか聞きにはきとりません、わたしのつぐないをして下さい!」すべて沈黙の一瞬である。
73 社長「大勢のかたがたのお話をうかがわせていただきかだましたが・・ ・ここにおられる患者以外の、大勢の患者さんの問題でもありますので・・・ええ・・・いましばらく時間をおかし下さい。(声、なじる声) ただ、あの、会社の考え方は二十八日に、あノ皆さまに申上げるつもりです。」
74 浜元フミヨ、ふたたび語りだす。さっきの情感はそげおち、厳しい口調に変っている。社長、きもをうばわれて凝と聞いている、
フミヨ「社長の二号にでもわたしはけつこうでございます・・・年をとっとります・・・、あなたが”一生看ます、家を作ってあげます、あなたが生きとるあいだ、食べさせてあげます”といえば、わたしは、裁判ででた金額はもらうっち言いません! 下さい。わたしの一生を、死ぬまで看て下さい。(二徳の声「どうなんだ!」・・・わたしは、二号にでも三号にでもかまいません。わたしはもう年もすぎて四十二でございます。決して・・あの・・・一ぺんでも嫁ごをもたないというおとこはありません。(声「応えェ!応え」)わたしは恥も、恥も業もないです。二号でも三号でもかまいません。・・・嫁になるときは、おとこでもおなごでも一しょです。わたしはよか男を・・・いい男を、立派なひとを・・・おなごはのぞみます。おとこは・・・いいおなごを、立派なおなごをとみんな望むのが、にんげんです・・・わたしはこげんひと殺しの社長の二号になんかなりたくはない。ひと殺しの社長の二号になんかなりたくはありませんけど、生きるためになります。わたしは一ぺんも嫁になっとりません。わたしは年はとってますけど・・・処女でございます」(間)
75 社長、顔を固くしたまま、眉根をよせている。
二徳の声「わかっとっとね、あんたは・・・えらいさつきから、ウンウンとばっかり頭をうっとるが・・・」
釜の声「答えんか!フミヨさんに!フミヨさんに答えんか。ようしっかとフミヨさんをみて答えろ!」
川本の声「フミヨさんの言うごて、姿勢をききにきたんじゃなかぞ、姿勢を・・・具体的なことを聞きにきたんぞ」
社長黙しつづける・・・。
フミヨの声「わたしは会社がどうなろうが、わたしはかまいません、会社には関係はありません」
社長沈黙つづく。
〇死者へのつぐない
76 死者の写真、松本ムネ、小崎弥三の二遺影
ナレーション『チッソに直接、交渉を要求している患者家族のなかで、松本ムネさん、小崎弥三さんのふたりが、最近相ついで亡くなっていました。この日、夜に入って交渉は、このふたりの問題に集中しました』
75 指弾する川本さん
「ふたりとももがき苦しんで死んどっとぞ。ねえ、ちったあ、家族の苦しみを想ったことがあるかァ。いますぐ払えそして謝れ!そしてつぐないを果せ!(声「さしおり二人に払え」)さしおりふたりにはらえ」
社長「(うんざりしたように)二十八日まで待って下さい」
川本「二十八日、関係ない!(社長「二十八日の・・・考え方出すまで待って下さい」)待ち切らん」
釜「家族をバラバラに分解させおって、二十八日まで待てとはなにごとか・・・・・・」
川本さん、まわりの発言をいわせつつ、その合間に「・・・小崎さんや松本さんは何ちゅうとるか・・・松本さんは・自分の嫁ごを殺されて・・・あんたどんに殺されて、それでもなおかつ、お願いしますとあんたどまにいうとるとぞ、被害者が・・・。普通、おまえ、殺人犯になァ被害者の方が”お願いします“ちゅうことがあるか、娑婆に。なァ、あんたどんがそれが常識か、チッソの。誠意か、それが。それが世界・・・世界的な、国際的なアレか・・・公害補償のパターンか、それが。」
久我「・・・個々のね、個々の患者さん方のその分類につきましては私達は分らないわけです。ねえ、ねえ、ですから、あのー認定があった以上患者さんであるということについては同じです。しかしその基準については・・・」
ナレーション『チッソは四六年一〇月以後に認定されたひと、いわゆる”新認定患者”は認定の規準が違うからということで終始、補償を値切ろうとしつづけてきたわけです』
〇川本さんの語りかけ
77 久我常務の論理に激した川本輝夫、机の上に坐りこみ、社長とさしで話す。
「(久我に)ひっこめ、お前は。(社長に面と面をむき合わせ)あのね、俺がね四十四年のね一〇月からね各患者の家庭を回ったーその時、三十何名ね・・・認定申請を頼まれた、わたしに、ねえ、その時に約半数はことわった。
”金がほしい“とか”見苦しい“とかちゅうて・・・ねえ”新認定患者”としてね時期的にね、ずれた人がいっぱいおる。たくさん・・・たまたま、その時に認定されたのはねー知っとるじゃろー田中・・・ーや岩崎政喜さんの奥さんとか、松永マサさんとか、ねえ、この前亡くなった淵上マサエさん、ねえ、なあ、分ったかな(声「ケチをつけたんだぞ、ニセ患者かも知れないって!」)浜田しづえさんとか松本とみえさんとか、それはな、それはもう、本当にな、こらえて、・・・差別をな耐らえて、偏見を耐えてな・・・そして最後まで診察をうけずで・・・そして認定された、その人たちは。その人たちがいわゆる”旧認定患者“じゃ、あんたどんが言うー。ところが、森本さんの奥さんとかー胎児性のお母さんよー滝下フジエさん夫婦、断ってきた私に・・・何ちゅうたかその時に、川本のヤツが”行け行け“ち言われたけん行ったって・・・或る患者なんか行ったって・・・・診察受けた・・・。大橋院長(註・水俣市立病院)から言われた、私はその時に。ねえ。わしはずっと経験してきたー。四十四年の十月に、わたしは認定申請して断わられた。二回も撥ねられた。半永さん(註・昭和二十二年頃より発症を自覚していた非認定患者)なんか何ち言われたか大橋院長から・・・あの人は昭和二十一年か二年か知らんばってんか、本人が発病したといわなきゃ早く認定されるのにっちー大橋院長は認定審査委員・・・・・・昔からーぬけぬけとそんなこと言いおった大橋院長は・・・。水俣病ちゅうことは分っとると・・・(日吉フミコ、後方から「聞いとったよ、ふたりで」)半永さんがそんなこと言わなければよかったのにっち・・・症状は確かに水俣病じゃっち・・・本人がそんなことをいうから仲々認定されんのじゃあち、審査委員がいいおった、権威ある審査委員がー。三島副院長(註・水俣市立病院)は何ちいったか・・・」
社長は殆んどじかには知らない事実の前に圧倒されている。他の首脳も黙りはじめる。
川本「・・・あのときね、どんどん認定申請者が増えた頃、百人近くなった頃ー三島副院長は何ちゅうたか・・・私たちが行たとき、浜元君の躰が、症状が悪くなるのは水俣病のせいじゃないっち、三島副院長がいった。そして"八十人わたしは診察したけど、ひとりかふたりしか、私は水俣病はおらんち思う“ち・・・こんな、ぬけぬけというた。その前の年、朝日新聞の記者には何ちいうたかー打死んで解剖してみるまでは黙っていっちょけーと三島副院長は言うた」
川本さん焦点をしぼって判決なみの補償金の支払を迫る。
「・・松本ムネさんと小崎さんに出すのか出さんのか、そしこふたつ!それしこなかっじて今夜はもうー。そんなあっちこっち、われわれなもう言うとる暇はなか!」
78 深夜の会議室前、介添え、つきそいのひとびと「告発」メンバーが床にすわって交渉を待っている。患者坂本タカエの女の子がひとびとにお守りされている。
川本の声「(前と打って変った普通の話し声である)・・・禅宗は何を教えよるですか、わしは禅宗でなかでよう知らんばってんが・・・なあ・・・禅宗はなにをおしえよるですか(間) なあ、奥さんも禅宗ですか、やっぱり・・・」
社長「そうです・・・ああ家内はね、カトリックですよ・ ・」
会議室、もはや人はいても社長と川本さんだけの静かな問答である。
川本「カトリックですか・・・なにをほんなら教えとるとか、カトリックと禅宗のちがい、どこにありますか(間) なあ、どうですか(間) 禅宗の教えとカトリックのおしえと聞いて、どうですか(間)こどもさんも三人か四人居られるちいわれた。・・・なあ、小崎さんとこもおられる、松本さんとこもおられる・・・子供さんも・・・。あんたと同じように父じゃった。(間)そんなに違ってよかもんじゃろうか・・・日本全国のおなじ父と母が。ねえ社長、そんなに違いがあってよかですか。同じ幸せであるべき父と母が、そんなに変って・・・いいですか」
社長だけ眼を聞いている。久我、土屋重役はじっと瞑想にふけるかのようにしている。
川本「・・・あんたおれよりうんと年上じゃなあ、裟婆の経験もうんとある。人も使っとる・・・何万人と。なあ、にんげんなんてとうに見抜いとるじゃろう。人聞がどげん生きないかんか、どげん暮さないかんかちゅうことぐらい、あんた、ひとかどのものを持っとるじやろう・・・家訓か教訓みたいなものを・・・。(間)あなたの座右の銘は何ですか? 何か、あるでしょう(沈黙) じゃ、そしたら趣味は一番なんがあんた好きですか? (間) 趣味は・・・何があるんですか?(答えをしんそこ求める人の声である)盆栽ですか? 音楽ですか? (間)何ですか? (社長「盆栽も音楽も、絵も、何もないです」) 何が趣味があるですか(社長「まあ本を読むぐらいです」) 本を読まれるんですか・・ ・・本を読まれるんですか・ ・・はあ・・・・何を一番読んで感銘されたですか、わたしゃあんまり読んどらんけん知らんばってんが・・・どんな本を読んで一番感銘をうけたですか・・ ・・ああ・・・説教しようと思わんばってん、あんたが読んだ本と、小崎さんの死とか松本さんの死とかと結びつかないですか・・・ぜんぜん無縁ですか?どうですか?」
社長「無縁なことはないですよ」
川本「無縁じゃないですか?」
社長「えーぇ、無縁じゃないです」
川本「そうですか」
社長「えーえ」
〇字幕
それに重ってナレーション
『夜がすっかり明けた頃、チッソは遂にふたりについて判決なみの千八百万円を支払うことを認めました。これで、いわゆる新認定の壁が破れ始めたのでした』
79 字幕"水俣病の患者さんのうち「新認定」の患者さんへの差別は露骨を極めてきた。そのなかで、一年有余にわたる自主交渉の人びとのうち、死者二名に限るとはいえ、判決なみ支払いを認めさせたのは、これが初めてである三月二六日未明“
〇会社第一回回答 三月二八日
80 新聞記事のアップ
”一任派には差額チッソ提案
一任派患者総会で「判決並みの補償」の要求“
ナレーション『この間、チッソは、各派患者にも判決を参考にした補償をすると約束して、いわば現地水俣の体制固めをしていました。そして会社の考え方を示すと約束した二八日』
81 同じく東京本社会議室、最高首脳部全員揃ったところで社長、張りのある声で回答書朗読「従来、環境庁にて弊社との聞に交渉を継続してこられました認定患者(註・自主交渉派六四人のこと)の方々に対しましては、昭和四八年三月二〇日の熊本地方裁判所判決を基準として補償を実行いたします。
二、前項にもとづき、具体的な補償を取決めるに当っては、個々の患者さんごとに、諸般の事情を充分斟酌する必要がありますので、これにつき環境庁長官の御助力をお願い致したいと思います。エーその下にマルを三つかいて・・・(註・中略)・・・。
なお支払については分割払いの方式をお願いします」
82 患者さんもコピーに眼をはしらせている。沈黙に近い静けさである。
83 質疑、確認に入る。
川本「・・・どうもここは裁判所じゃないわけですけんですな、判決文の中には、こういろいろ細かいこともあるばってんか、そういう、なんちゅうか明確なものちゅうか、そういうものを、もうちょっと注釈してもらいたいですがなあー」
社長「(余裕をもって)どんなふうになりますかな・・・」
川本「例えばですなあ、あの熊本地方裁判所判決ではですなあ、まああなた方が一番ご存知の通り、金額から言えば千八百から千六百万、三ランクづけですな、なあ、そうでしょ(念を押すように)そうだつたでしょ、判決では、なあ」
社長「判決のね、でたアレはね、ええ」
川本「ではそういうこと・・・。これは質問ですけんね、確認じゃなくって、質問じゃからな・・・たとえばその、これはまあ、あとからの問題と関連してくるばってんか、あの・・・まあ仮にA・B・Cと、一千六百万、一千七百万、一千八百万ですか、まあ判決がでたわけですけどですなあ、まあそういうA・B・Cというランク付けをするとすればですな、ランクは三つになるのかですなあ、それとその金額的に言えば、そういう一千六百万から一千八百万までの問、ということと考えてよいのかですな、そういうことを含めて、です」
社長「その点はね、そこに書いてありますように、判決が”個々の事情を調査して決める”ということになっておりますので、その趣旨に従つて、個々の事情を調査してきめたのがですね、いまのそのA・B・Cのランクから外れる人もあるかと思います」
川本「このなかで2項からイ・ロ・ハ(註・判決主文引用)ですか、こうずっと書いてありますですな。これは当然、これにのっとって、あの熊本地方裁判所判決が出たわけでそうでしょう?、そうでしょう?逆に言えば」
社長「それは入江(専務副社長)君から御答えして下さい」
入江「あのおー、まあ分りやすくいいますとね、こういうことですねーまあ俗に”旧認定”といいますかー(川本「そういうことを考えておられるんですか?」)まあ、判決の方、ね、こないだの判決の方、ねえ、と同じに症状や事情ですね、ええ御事情もおんなじだと症状もおんなじだという人が、まあ、たまたまあればね、判決と同じ、その人の金額とおんなじ金額を、補償としていたします・・・こういうことですね」
久山「・・・あの、A・B・C通りの皆さんであるのか、或いはそれよりも違った人がおるーーということになるのか・・その調べをですね、会社が勝手に調べたのを、皆様にこうですと、申し上げるのではなくて、まあ、仲人みたいな意味で(註・環境庁に)公平にジャッジして頂くという意味のですね、仕事をーとそういう意味で申上げとるわけですわ」
入江「補償は、分割払い方式にしろ、必ずお払い・・・」
川本「それはいつ払うということも全然、その、分らんわけですたいなあ、そんなら・・・全然そういうことも、何にも無かわけですたいな・・・」
入江「そういうことも含めてね、四月三〇日にはっきり申上げます」
川本「三〇日といえば・・・あんた、まだ一カ月以上あるもんなあ」
入江「ええ、そりゃねえ大変ですよ・・・」
川本「あんたどんがたい、そりゃ大変・・・タイヘンですよちゅう・・・あんた・・・・そりゃまた喧嘩になるばってん(笑) 大へんなことをあんたどんが水俣でしでかしたんじゃけん・・・これは・・・・」
84 拒否・・・会社首脳にきっぱりと告げる川本「いまの質問事項に応えられた範囲なら、私たちとしては、あのはっきり拒否します。ーそういう無限大のランク付けなんて、一寸信じられないし、何のための判決に服したのかですなぁ、チッソの態度ーこの前書いた、あの償い云々と、誠意云々ということは、全然見られないということで、これははっきり、第一項については、これは全くごまかしであるし、今後具体的な実行方法についてはですな、拒否しますと、そういうことであれば・・・。それで、前払も取るべき態度を取らないかんと思いますでな、はい、仕方ないです。(入江「ごまかしなどというのは・・・」) いやいやごまかしですよそれは! で一応、これはこれで終りますから、質問ですから・・・・・あなたたちの真意が分りましたから」
社長「休憩ですか?」と立ち上る。回答書不発に未練を残しているー
川本「休憩いらんですよ、私ども・・・」
田上団長「はい、またすぐにおねがいします」
川本「あの呼びにいくそうですから・・・ (入江専務に)入江さん、水俣でどのくらいがんばってきたですか、だいぶん長うおったごとあったな(笑い乍ら)」
入江「いや私は日帰り」
川本「(大笑いしながら)嘘ばっかり・・・」
短い休憩の一駒、一種”旧知”の情が流れる。
〇一生の生き方を問いつめる
85 同じ日、午後八時頃首脳に激しく迫る患者さんたち、川本輝夫、釜時良、佐藤武春が交々に立つ。
川本「水銀でん飲んでなあ、家族とも大変な目にあってみろ・・・いかに大変であるか分るけん」
釜「そのへンナコトを誰が、誰がしたか、誰がしたじゃ」
佐藤「いまね、あなた大変といったろ。(入江専務に)躰が不自由になったとサィ、ねえ、金つくりとどっちが不自由か、大変かゆうてみい、どっちが大変か(入江「そりやもう質がちがうですよ」) ねえ、どけん、どげん? どげん質がちがうか、言うてみろ」
入江「そりゃもう、あの、患者さんのアレはね、何とも言いようがありません。これはね」
佐藤「お前が倒るるが大変じやろうが・・・」
川本「症状がちがうのどうのと太えこといって・・ ・」
佐藤「それは誰がしたのか、その大変は誰がしたか、罪のなか人間を・・・おまえどもがしたろうが。ねえ」
入江「勿論、会社ですよ」
佐藤「金つくりが大変のて・・・おまえどもがしたろうが。何でわしらに押しつくるか、押しつけじゃないか。(入江「押しつけじゃありません・・・ 一番にそれをやりますから・・・」)やってみるなら、具体的にどうするち言え!」(声「会社を潰してもやるべきだ」)
川本・釜「やりますからって、・・・やるちゅうたなあ・・・」
釜「いまやりますちゅうたなあ、あんた、なあ、それでさあ、年金は必要であるか、ないか、それやりますか、やりませんかーそれ言ってみて、ほら」
声「はっきりせいよ、はっきり」
浜元フミヨ「・・・うちんとは全部な一家全滅じゃったばい。他は全滅になって、あんたげの会社はまだ生きていくちゅうとかな。(ソウダ!) まだ、生きてゆくちゅうとかな!」
86 久山専務あごをつき出してうす笑いすらうかべている、その顔のアップ
フミヨの声「(久山にむかつて)何ば、その横着か面は。(社長に)何してそげした従業員ば、あんたげな使うとっとかな、そげんとば(声「あれでも専務だよ」)・・・そげな太え面すっとば・・・」
(音楽ーつづみに以た弾いたリズムー)
87 久我常務、顔をしかめ下唇をそり返す、その表情のアップ
川本の声「おいども死ぬまでここに坐っとるけん・・あば」
社長の声「だんまりじゃありませんよ」
川本の声「だんまりじゃがね」一斉に野次。
社長の声「だんまりじゃありませんね」
川本「あんまり人を馬鹿にせんことにせんば・・・・まこと」
88 社長のアップ「・ ・・あのー、見透しは、出すねー賠償をお支払いするだけで、一ぱいですから・・・ですから、あのー (声「患者に責任ないぞ」) それでですね、みなさん、ひとつ了承をしていただいて・・・」
フミヨの声「社長さん、見通しのつこうがつくまいが、こっちには関係なかでなあ、そげんたあ(声「その通り」) そげんとばなあ、あんたどんの、太え面しとるヤツどもに語らんばんとたい、患者に語る必要はなか!」
89 入江専務も口を結んでいる、そのアップ
川本「なにも、どうなるも見当がつかん、いまんとこじゃ」
釜「・・・患者をひきとりもせんと、生活の生き方も教えんで、そんな話があるかあ」
川本「教えてくれんな早う社長、だんまりか、なあ」
90 佐藤と社長社長「・・・逃げるって、どこからどこへ逃げる・・・」
佐藤「(笑い出す)でな、患者は逃げならんとたいな。なあ、逃げならん、逃げならんでしょ。苦しみから逃げならんでしょう患者は・・・。そうでしょが、なあ、そんでが、わしらはどげいしたっち逃げならんで・・・。あんたは逃げならるるでな。もうな、これが解決つかん限りはなあ、何日でもこのままの状態でやるですよ(同感の声)-居なおれば居なおりでよかですよ、かまわんです。黙るなら黙るでよかです、かまわんです」
91 突然、小崎未亡人が立上る。判決四目前に死んだ湯浦・女島部落の弥三さんの妻である。
「こんだ、私の主人は昨日がふた七夜でしたですよ。それにねえ、あの、お通夜の晩にも来てももらいませんやった、お葬式にも来てもらいませんやった。ほうして、あの会社から花束を一つもってきてくれましたですけど、会社から来てもらわにや、あたしゃ花束立ててくるるなちゅうて断りました。そして返してくれといいました。そしたらそこえ、もう、持ってきた人が帰っておりませんやったですよ・・・そんならもう花輪は立ててくるんなといって直して(註・片付けて)おきました・・・」
おそらく一生一度の怨み言であろう、体ごとわななきつづける。
「・・・そいで、あけの日、葬式に来てくるるかと思って、わたしは心待ちしておりましたけど、だあれも会社から来てもらえませんじゃったですよ、どげんして、苦しみをうけて死んだですか、(音楽、速いしのぶえの調べ) わたし、もう、三年あまり、お尻もとって・ ・・わたしが苦しみと主人の苦しみはどげんなりますかあ・・それを分ってくれますかあ・・・」
まわりに同情のどよめき
92 次々に写真みせる。その一枚、女島の浜、手押車を弟に押してもらう胎児性患者、小崎達純君。
川本「こりゃ一家全滅のアレじゃ知っとるか、誰か知っとるか? おまえ、社長、顔見て・ ・・」
社長「顔見て・・・ 一寸分りません」
川本「そぎゃんとも分らん位で、なんの話のできるか。患者の苦しみが分るか。おまえ」
坂本フジエ「一応、患者を見てまわらんば」
聞入る他の婦人患者、浜田しづえさん身につまされている。
川本の声「小崎さんはね、夜もねらずして看病したんぞ。分るかそういう苦しみが、おまえの眼には。よっぽどの事でなきゃ小崎さんはほんなこたあ言わん。一年間今まで、だまってひたすら耐えてきた。自主交渉派にたった一人おって、湯浦で・ ・・。なんかあんたどん誠意を見せるじゃろうって・ ・・。何の誠意があるか一年間放ったらかして・・ ・。一昨年の十月に認定されて、もう一年以上、やっとこの前、しかも本人分だけ、しぶしぶ払うて、それで事が済んだち思うとか。・・・小崎さんの恥ば曝すことになるばってん、葬式代でん、何でんなんにもなかっぱい・・・。どげんせんばんか、そこまでわれわれに言わするんか」
坂本たかえの訴え
93 森老人が社長と問答している。
社長の声「・・・そうおっしゃいますけどね、家・屋敷は売る覚悟をして、家・屋敷を売る算段をつけた上での補償の金額ですよ・・・。(森老人、不思議な明るい笑みをたたえる) そりゃ本当にその通りですよ」
森「・・・わたしは経済界のことは詳しくないですけれども-・・・」
94 語りだすタカエ。
「・・・あんたさっきから聞いとれば、同じ事ばあっかり言うが・・・誰も面倒みてくるるものおらんとばい。いままでの(註・医療費) は市がみてくれたっちゃ、補償金が出たでもう切れるっとばい。いまから生活して何十年いきるか、何百年ホノ・・・生きるか分らん・・・ 田上の声「十八年じゃがな、そりゃ」)生活の面倒・・・誰がみてくるるとや、(田上の声「十八年間な、よかろうが・・・」) ほで、今からこども・・・。ほして補償金の下りた銭な、今まで十七年間、十八年間苦しんだからば、慰謝料としてとったんやで・・ (そうやという同感の声)面倒はみてくれんやろうが・・だれ面倒みていってくるるとや、あばあ(註・そんなら) ・・・あんたが看てくれんとなら・・・。(フジエの声「誰がみてくれるとやこの子は、誰が看てくるるっと」声「当然のことやが・・・」)、ほかのひとと立場がちがう。家族一家なんにんか居る。おるが立場になれば、あんた、おらがひとりで親娘ふたり食っていかんならんとばい。だれが面倒みてくるるっと、あんたが食わせんば。(田上の声「じゃがあ」) 家でん一軒作つてなあ、面倒みてくるるちいえば、東京におらあ住むよ!・・・ほいで生活費出してくれんば、どげんするとや、死んでいけちゅうとや、親娘ふたり・・・。(声「おまえの息子の嫁ごにせろ、ほんなら」) 学校にもいかせんばならんとよ、あの娘子は、誰がぜにを出してくるるっと(フジエの声「働かならんじゃったつで、働かならんじゃったつで、ほら」)」
95 周囲のどよめきの中で一旦 沈黙にかえるタカエ。
ナレーション『坂本タカエさんは、水俣病のために離婚されました。女の子とふたりきりで暮しています』
タカエ「にんげんはな、にんげんは死んとは軽ろかたいよ、生きてくとがむつかしかじゃっでなあ。生きてくには、めしをくうたびに、あんた、ぜにのなからば、喰っていかれんだっで・・・。死にたくはなかでおるどんな(川本の声「分るとかな!」)」
96 発病当時の苦しみを語るタカエ。「おるが病気にかかったときは、全然、何にもこの手に持たれんじゃった! 口もぜんぜんかなわんじゃった! タンもぜんぜんとまれんじゃった! ひも結ぶこともでけんじゃった。そのにんげんば、死に際まで追いやられたっばい・・・」
97 浜元二徳の語り。彼女の横に並んでー
「社長、つつかけて・・・つけ加えていおうか、なあ、社長、いま東京でぼくが働けばどしこち思うかい。たとえば土方したちよかったい。何したちよかったい。おら一家の柱だけんしとるばってんか・・・こん躰で先はどけんして食えとや、それで食えとや・・・。それで今日は何年もっと思うと分りや計算してみんな、そこで、計算や?分るかな? してみんなここで・・・はよう・・・ (フジエの声「何年くわるるか計算してみんな、一千五百いくら・・・」) 計算してみろ、そこで!(田上の声「面倒みらんとかな、みるとかな、どげんとかな」) だてや酔狂で東京まで上ってきとらんとぞ、おるどもは・・・。体も保てんで・・・ 一生懸命やってきとるっとぞ!」
タカエの声「・・・死ぬな、死ぬとならこげん東京までわざわざ上って来んとやもん、生きるために来たっじゃもん」(励ます声)
タカエ、すきとおったような眼ざしで伏して遠くをみつめているようー
ニ徳の声「あんたはなあ、一千八百万ないし六百万でたで、それで喰えっち、わしどま知らんち、いうた位の調子じゃろ、考えが。考え方間違うとるよ、そもそも。・・・今なあ、今いうように一千六百万、一千八百万の間で、さきも喰えという裁判所の判決額じゃなかったんですよ、これは。分るかな!」
タカエの声「今までの慰謝料として取ったもんだじゃから・・・」
同感の声
坂本フジエの声「答えんかな、計算ばしてみんかな」
二徳「何年くわるるか、計算してみんな」
フジエ「浜元さんがたで計算してみんな、何年くわるるか」
社長を真正面に見すえるニ徳。
「・・・なしてわれわれ自主交渉をここまで求めて・・・今まで苦しんで・・・闘って・・・運動して・・・きた解決にまた来るっち、またやらんならんち、全部(註・の患者さん) を認めてっち。そりゃ、また今から出てくる患者さんにやらな、やるとが当然よ、そりゃチッソは。それは当然のことであって、まず最初、われわれが、ここで求めているから、それをいまいうように、さきはどげんして食うと・・・ち、おれも言う、タカエくんも言う、しのぶも言うみんな言う・・ ・・みんな、そういうことから考えてたい、そういうことを片付けてから、するべきよ、問題よ、これは。それを、いまから、全部の患者さんを、全部の患者さんを公平にどうとかこうとか、いったりは絶対になか、われわれになあ。それは会社の考え方やろが! (耳を急に掻き出す) オイ、答えろ!」
釜「計算してみろ、ほら、久我は・・・」
タカエ、じっと立ちつづけている。
二徳の声「社長にあんたはね、そげん黙っとれば黙っとるほど口数も多なるっとぞ! あんたも一言うて・・・言えば・・-・言わんな! しのぶも生きていかんならんたあが・・・美一君な嫁どももろうとらんち!」
〇若い患者交々訴える
98 タカエさんのとなりに青年に達した坂本しのぶ、青年期の江郷下美一が社長にむかつて立ち並ぶ。
しのぶ、身をたえずよじり恥かしさに耐えている。
釜の声「・・ ・これは字も書けんのだよ。言うたことをひとが筆記してくれたんだよ」
美一「(やっと喋れる)おれは学校もいっとらんし、字もかけない。ドギャンスットカ」
釜の声「通訳がいるったぞ、通訳が・・・」
日吉「(後方から) ちょうど一年生に上るときに病気になったけん、学校には行っとらんとよ」
美一「行っとらんもん、このびょうきは・・・」
(うしろでおんなたちが泣きつづけている)
タカエ「いまげんざい、いきてるにんげんなどげんなるとゃ、あば・・・。あんたらそればあっかり一ぽん筋とうしよるがな、”今から出てくる患者さんにもやらんばんで” とか、そげんなふうに言うばってん、いま、現在、患者になって生きとる人間、どげんせんばんとか、死んでけというのと一しょやがな。・・・これからでてくる患者はなあ・・ ・」
久我が手で言葉をさえぎり「すぐ賠償金がまいりますからね、それでまあ、一応・・・」
(註・このとき、患者さんだれひとり補償金をうけとっていない)
声「なに言うか、ふざけるなあ」
(場内騒然としてことばききとれず)
久我「・・ ・ほかの患者さんがたにもやはりあの・・・」
声「またくり返す!」
フミヨの声「他の患者さんはいま関係なか」
久我「・ ・・で、社長が何回もくり返すようにですね・・・そういう・・・・・・」
声「分ったー」
田上「するとか、せんとか、はっきり言って・ ・・」
99 江郷下美一、じっと無表情ともいえる面持でその場のやりとりをきいている。
美一「シャチョウ、コタエロ、しのぶちゃんとかタカエちゃんとか、オレとか・・・」
タカエの声「面倒みるとかみんとか、そのふたつの返事ばしてくれんかな」
美一「さっきも言ったとおりね、おれは二十五になるばってん、よめさんももらわん・ ・・なにもしごとはできない・・・・よめごもらっておれ生活せんばならんとぞ、おどま・・・そればどうにかしてくれろ・・・ こたえて・ ・・立っててきっか・・・・- たのむとぞ・・・・・」
田上の声「ひとはめんどうじゃつでな、よめさんなぜにで買うてくっとか!」
〇久山専務を追い出す
100 会場、ことごとく仁王立ちになる。患者さんのつき出した文書を久山がよむことを鼻であしらい去ったことに全員激昂している。
前島老夫人「こやつを謝らせろ!」
社長「いま謝罪させますから・・・」
久山ふてくされる。
久山「(社長に耳うちする) あなたの判断で出た方がよければ・・・・・・」
社長「・ ・・そんなこといったって、私は困るよ・・・」
上村「そんな人間が居るから水俣病が出たんだよ」(そうだ! そうだ!)
声「謝れ!」
田上「おどまが読めちったもの、よんでくれればそれでよかっじゃが、あとはあとの話じゃが・・ ・」
久山が全員の静めにかかる「一寸聞いてください。一寸聞いて下さい。ただいま田上さんがねえ、田上さんがね、一寸聞いて下さい。(威猛高に) 田上さんが、私に、社長の代りによめとおっしゃるから、わたしは社長が居られるのに代りに読むわけにいかんと思って"わたしはよめません“ といったんです」
声「”そんなもの”といったろが・・・」
久山「(田上に) あなたが、あなたが私に、社長のかわりによめとおっしゃるから・・・」
患者さんの怒り火に油を注ぐようになる。つぎつぎにリレーのように巨大な久山を送り出す。
社長「お願いしますよ、ねえ、それでは交渉が出来なくなりますから・・・私の補助者ですよ、ね、私の補助者だから・・どこへいったか、久山君!・・・本当にねえ困りますよ」
本田『水俣病を告発する会』代表、憤然と前面に出る。「土屋! すわれすわれ!・・・久山が謝るならいいよ、あのね、”こんなヤツは読めない“ といったから、患者さんは怒ったんですよ、だからその言葉を撤回して謝るなら、入れます・・・・・・」
〇社長、第二の誓約書案文をよむ
101 起ちながら手にした文書を力なく読み上げる島田社長。
「当チッソ株式会社は、水俣病患者の人間としての生存権をみとめまして、将来の生存するための、補償を具体的に実行したいと思います。ついては社長以下各重役は、水俣病患者及び家族をひきとり、生活上のすべてを保証いたしますーこれはなかなか実際に、先程いいましたように、書いてありますから読みましたけれども、御約束して実行はなかなか出来ません」
川本「それならば、お前、出せ、年金ば」
二徳「そうたい」
田上「なして出来んと・・ ・年金もできんとやろかね」
久我常務、社長を坐らせようとする。
フジエの声「坐って下さい・・・」
川本「社長、坐って下さい・・・」
社長「いや、いい、いい、立ってる・・・」
〇重症患者岩本公冬さんの場合
102 岩本さん、社長に叫びつける。軽い全身けいれんが襲っている。
「社長! こっちをみれ!」切迫した表情の公冬さん。
ナレーション『岩本公冬さんは、認定直後、家族のほうから、公害等調整委員会に調停申請が出されていました。しかし、年々症状が悪化して大工の仕事もできない、一家の柱、公冬さんは、公調委に任せていることにどうしても我慢が出来ず、一刻も早くチッソの方から直接補償してもらいたいと、交渉に加わったんです』
103 自分のことを語る公冬さん。
「・・・便所汲みでもいいから使うてくれろちって、病院にいって職能テストも受けた。受けたっち、まだ出けんといって、履歴書ば出せば、どっかあったら使うち、トンペイが言う多(註・チッソ水俣支社の東平総務課長のニッック・ネーム)、ほいでその履歴書まで出しとっと。ほいで、明水園(註・あたらしい水俣病リハビリテーション施設)じゃ、仕事させあっとちゅうが、すこしでもぜにになると聞いたで、いこうかちゅうたけど、仕事はさせんと・・・ほったら、ねずみを飼えばどうのこうのち・・・おれは、ねずみ逃げ・・・追いかけ切らん」
声「公調委は二十分会うて分ったちゅうが・・・」
104 老人患者森さん、公冬さんに代ってー
森「公冬さんのですね、病状をお話ししましょうか、まあ恰好はああいうふうに手も足も具合悪いですけれど、よそへ行って一ぺん引つくり返ったことがあるんですよ。眼まわしてね。どこでそれが出るか分らんのですよ。その時、知らない医者にひっかかったんですよ、近い医者にねえ。そうしたら注射か何か薬が間違うて、この人は死にかかったんですよ、そういう話をあの水俣のリハビリでして、主治医がですね、”この人にはこういう診断じゃと、薬はこれこれを呉れ”ちゅうて、このひとにはしょっちゅう持たしてあるんですよ。(公冬さん何かせわしなく言うが言語障害のため聞き取れず) ・・・そういうひと・・・それをまだ、あなた、認めないとか認むるとかいう論議ではないじゃありませんか・・・」
(その通りの声)
公冬「手帖は二級の一種じゃ、二級の一種! (註・最重症) ひとりで去るかれんでといって先生も認めてくれた。つきそいの・・・」
森老人「・・・私が、最初この人を知った時はですね、右の足もーあたり前になかったけれどもーいまのごとなかった。いくらもおかずにいま会ってみますと、新らしい靴が、一週間しか保てんという程足先が破れとるですよ、そういう悪くなっていくのが眼に見えとるんですよ。そういう人を、一円か二円のあなた、風呂(註・会社社宅の専用浴場)さえ、その入れんという会社じやったらどうしますか! もう少し人間の情があってよかろうとおもいます」
公冬「足でん、何でんしびれて、タバコヘ火つけたっちゃいっちょも痛くなか! 火傷してしもうとるこっちかわ・・・・はがゆかけん、尾上さんいわゆるごと叩こうごたる。尾上さんな噛んつかっと、そっで俺あ、足にや噛んつきや得んで(以下数語意味不明) 煙草の火で、こうしてねじっておる・・・。分るかこれが! 分るなら持って来!」
川本「社長、答えろ、ほう、早う。(公冬さんの病状を気づかわしげに見ながら) 最低限ばせろ! いま最低限の償いじゃ、いま。出来るのが・・・。最低限の償いじゃ、いま(テーブルを叩く)それが早期円満解決につながっとじゃ、あんたどんが言う一番好きな」
声「岩本さんにひとこと言え」まったく貝のように口をとざし、彼なりの苦悩に身を漬けている社長。
105 手のけいれんを教えるため、社長に手を握らせる公冬さん。医師がそばにつききりになる。
公冬「そっちは、全然利いたことなか・・・あんたば見てふるえとっとじゃなかぞ!(声「握手とちがうぞ、間違えんな、おまえ・・・払うとか・・・最低の・・・アアア・・・ (註・最低のランクにも)入らんとか・・・ (社長沈黙しつづける) なあっ」
(声「こたえんか!」「これくらいのことで殺そうというのか・・・倒れるのを待つのか」)
声「元にもどせ、償いすらできんのだったら元の躰にしてもどせー」
106 川本さん、公冬さんのわきにうづくまる。立ちつづけの社長を仰ぎみながら、もはや父親に対するような調子で語る。
川本「社長、早う! 決断たい。もう・・・まだあんた苦しむっとかな・・・なあ、なあ社長、なんも言うことない、最低限の譲歩をいま岩本さんは示しとっとやがね・・・被害者としてあんたにゆずっととばい、被害者として。それをあんた聞きわけんとかな、まだ・・・。なあ、目先がどうのこうのという問題じゃないよ、そりゃ、なあ、加害者としておまえ、どういう対応を示すべきか、ここで。 なあ、あんたがいま最低限示せる誠意はなあ、最低限のとりあえず仮払い一千六百万をここで書くことじゃ、出すことじゃ、早う、それ以外にない!」
107 岩本公冬さんの痙攣が少しずつひどくなる。黙しつづけの社長にも川本さんにも、岩本さんの病状に追われるおもいがある。だが社長は暗然としたまま化石の如くである。
川本「・・・何のために、あんた伊達や酔狂のためにここに触りにきたのじゃなかろうが。公冬さん眼の前に据えとって・・・ねえ。ほんとうは公冬さんはだね、・・・絶叫したかばってん、口がかなわんけん言わんだけのことや。ねえ、ねえ社長! いまのいま決断しなさい、ここで」
青年医師「あんた、どうにも出来ないだろう」
岩本「直すか! ほんなら!」
青年医師「出来ないだろ、出来ないんだよ」
川本「・・・ねえ社長、あんたにもどうにもならんわけよ。なあ、社長ホラ、答えろ、いますぐ・・・。社長にとりあえずそれでいいと公冬さんが言いよるがね。口がかなえばまだ喋りたい・・・公冬さんは。なあ、これが最低限の譲歩じゃ。・・・岩本さんは、今日やっとでなーさっきゆうたろうが公冬さんがー奥さんと離婚さわぎまで起して来とるちゅうたろうが・・・そういうことを何でこういうみんなの居るところで言わないかんかあ・・・こどもはこどもで”お父ちゃん、行ってくれんな”ちってさがりおるぞ・・・家を出るたびに・・・病院にいくのにさえ子どもがさがりおるぞ、"とうちゃん、出るな“ っちゆって」
108 岩本公冬さんの口からあわがふき出している。すでに視力もおとろえたか眼が定まらない。川本さんと佐藤さんが、ぴたりと社長について、もはや岩本さんにもよく聞こえないほどのこえで決断を迫っている。
川本「そりゃな、これもう逃げたら収拾つかんばい、まこて。公冬さんが、ここで・・・ (数語不明) 知らんばい」
岩本「まこて、夜が明けんと出さんとか!・・・ああ、診断書・・・ああ・・・宿舎に・・・宿舎においてきた・・・診断書を・・・もって去るけといわれて渡しておらると・・・」
森「社長・・・あのねえ、汽車でくれば、昨日も間に合わんからちゅうて、持たん金出して、飛行機でわたしたちあふたりきました」
岩本「( ふるえながら)わしゃ汽車の旅はきつか!そりゃ、土屋さん(列席の重役) あんたがいちばん知っとるどが、この前・・・俺は汽車が帰りきらんちゅうて・・・まだぼロば出さすっとか・ ・・」
佐藤「もう人間の良心にしかうったえるとこはなか」
川本「(社長の胸元に眼をおとして) もう、あとはあんたの良心に訴えるほかなか。眼の前にすえといて・・・本人ば眼の前においてな、どげんするかちゅうのはなあ、これはもうあんたの良心にしか判断しようがなかわけよ、われわれがどしこいつたって。な?」
岩本「きのう、うしろにきて一と聞いとった・・・ 一番うしろできいとった・・・言いきらんでと思って旗をかいてもらってきた・ ・・」(うわごとのようである)
川本「もう見るにしのびんと、本当、なあ。社長!もう決めて下さい、な、もうそれ以外ないですよ。この前と同じようなかたちになりつつあるがな、山田さんのときも同じじゃった。なあ、あんたば良心によって決断したんじゃろうがね、やっぱり。なあ、こんどの場合も良心によって決断して下さい」
〇長い休憩に入る
(音楽、はじけるような管のひびき)
109 チッソ本社の一室、『患者用移動診療所』のはり紙、中で応急の手当やマッサージがほどこされている。深夜、みな焦すいの色深い患者、岩本さんが注射を受けている。
110 深夜の夜食をくばる『告発』の女性たち。解答まちの患者さんが、席にすわりつづけている。
〇岩本公冬さんへの回答
111 社長起立して、回答をのべる。全員耳をこらし、水を打ったような静けさである。
社長「みんなで相談をいたしましたのですが、ええ(口ごもる) 残念ですけれども、会社も公調委に会社の方からも申請しておりまして・・・その方の手続もせずに、岩本さんもにあの、補償の、金額の・・・・お支払いするのは、まことにどうも会社としても・・・・あの・・・・そういう措置をとりかねますので、さきほど申しましたように・・・当面、生活もいろいろお困りのようですから、そのことにつきましてですね・・・」
岩本さん、もはや耐える限界であろうか、机に身をふし、頭だけあげて社長のことばを聞いているー
社長「・・・ええ、会社と皆さんとのあいだの交渉のアレが確定いたしますまで、御面倒をみさしていただくと、いうようなことでぜひ御了承頂きたい・・・」
川本「何のために休憩してきた、おまえどんは・・・休憩は。ナニのための休憩だったろうが・・・約束は。何を約束してきた、お前どもは! (社長「これはねえ」)なにがおまえ、人道主義か! なんがヒューマニズムか!社長!何がヒューマニズムか・・・」
川本、テーブルの上に仁王立ちになる。言葉を浴せられ、延然と眼をしばたたかせる社長、その顔の大写し。
川本「なんが人道か、言うてみろ、馬鹿にすんな、ひとばーあれだけの病人を眼のまえにすえといて・・・なんが前進か、(裏切られたひとの心で怒号する)・・・なにが人道か! なにがヒューマニズムか!ペテンにかくるな、ひとを! 何が人道かあ!」
〇字幕
それにナレーション
『岩本公冬さんの要求が通るまでにまる三日を要しました』
112 字幕”調停に身柄を托していた約百五十人の患者さんに対し、公調委は依然として態度保留を続けていたーだが、この岩本さんへの、判決なみ支払いを得て、全調停派への展望が、はじめて切りひらかれたー
四月一日未明“
〇生涯の生活保証を求める 四月五日
113 チッソ本社の会場に再び足を運ぶ患者・家族たち。
114 新聞記事のアップ
”保留派(中間派) にも判決額ー自主交渉派と同様一人千八百万の支払要求ー“
ナレーション『このように患者の交渉はすべての補償を判決なみにという線に一歩一歩チッソを追い込んでいきました。残るのは将来の生活の保証、つまり”年金問題“ がどうなるかと言うことでした』
115 島田社長欠席のまま久我常務が回答書を朗読する。
久我「・・・昭和四八年三日三一日付の貴要求に対し次の通り御回答いたします。なにとぞ御了承下さいますようお願いいたします。記、記、ぁ、記の一ですね、失礼しました。貴要求書第一項について、かっこの一ー患者およびその近親者の方がたに対する補償金の支払についてー
イ 訴訟参加の方がたのうち、昭和四八年三月二十日、熊本地方裁判所判決(以下、単に判決といいます) で認容された方々については、判決当日、判決金額の全額をお支払いしています。
ロ 判決の対象とならなかった、山田ハル氏ら原告三家族の方々については(その1、亡山田善蔵氏については山田ハル、山田シズエ両氏に対し、とりあえず金千八百万を仮払いいたしました。ー(註・中略)ー
暫定措置として次の通り仮払いを行わさせて頂きます。仮払い金額、患者さんひとりあたり千六百万、仮払い場所、弊社水俣支社・・・・・・」
久我常務、独特の早口で事務実務家らしく一気に読み下す。
患者さんコピーに眼を走らせている。ポイントは、生涯にわたる”生活年金”についてである。老患者小道さん、浜元二徳、田上義春団長らの顔。
久我「・ ・・生活年金、生活遺族年金、および遺族一時金について・・・多数の認定患者のかたがたの補償が先決であり、この財源の捻出すら危ぶまれる状態ですので、貴意に添いかねますー以上でございます」
予期した通りという苦渋にみちた表情がすべての患者にうかぶが、今は、意見をひとりひとりのみ下している。会社側も一つの声もない。
〇浜元二徳さんの述懐
116 同じ日、チッソ本社前玄関、三カ年数え切れぬほど通った大理石の階段である。
宮沢信雄(註・熊本「告発」の介添人、同時にこの映画のナレーター)「まだ先が永かですもんねえ」
二徳「そうなあ・・・、今からですよねえ、今から、あれをー補償金をですよ、年金じゃなくてー補償金を削って食ってったら、今から先何年食えるかと・・ ・ええと、この前三一日の交渉の段階のなかで計算してやったんだけれども・・・ウーン、何年だったかな・・・二十五年だったかな、三十年だったかな・・・ しかたべていかれんとですよ・・」
宮沢「物価が上らないとしてでしょ」
(詮・二徳さん本人手取り千五百万余円、年、五・六十万の生活費としているが、患者さんは一般に、最低年百万と計算して残る生涯の年数を想定しているー土本)
浜元「はい、物価が上らんとして・・・。それを物価がーこのような物価上昇ではあんたもう、そりゃそりゃ、二十五年のたあ二十年になり、あるいはまた先になれば、二十年のたあ十五年になり・・・まあこれは極婦な話だけども、そういう風にならんとも限らんわけですよ・・・・これではもう・・・とても、とても、こげん一生ですね、片端にならされてですよ、まだこれから以上に、この病気が自分なあ進行していく状態の中にですよ、あれくらいのホノオ・・・金でーーー」
カメラ、二徳さんのまわりをゆっくりめぐり、彼の正面に近づく。
二徳「・・・さきほどいったのは、これなんですよ。たとえば、この体はお金では買えないと、なあ、そういうことですよ。そういうことから、そんならもう、よかったい!ち・・・もうぜにはいらんちゅうわけですたい。体を元どうりにしてもどせっち、おれはもうそれが一番良かでっちいうことですたいなあ。まあ、まあ、それは根本に帰れば話にならんばってんがですたい。それならばチッソは年金を、やるのが当然であって、出すべきですよね? あれはいままでこういう片端になさせられた、もう働けん・・・苦しか、一生この片端でおくつていかんばならんという慰謝料なんですよ。それを会社は、判決に逸失利益を含むとか、だからホノ年金は払わんとかどうとかこうとか言うけれども、あれは全くホノ・・・会社の考えであって、われわれはそういう考えはもっとらんわけですよねえ」
土本の声「一生水俣病の闘争をやらなきゃいけないね、あなたは・・・・・・」
二徳「そうですねえ、やっぱりこういう片端になさされとって、片端になっていながらも一生これを続けていかんばならんちゅうのかなあ・・・続けていくちゅうことは、チツソがここまで追いつめたと・・・追いつめられられたと・・・にんげんとしてですね。そんで・・・だれでもにんげんとして生きるみちのあるわけですけれども、ぼくにとってはチッソを仇にですたい、いつまでもこういう闘争をーいつまでもちゅうのかいなー納得いけるような内容をもらうまでですね、交渉をつづけていくことですよ。そういうことですよ」
玄関奥のロビーから、帰途につく患者さんたちをはげます拍手が高くひびく。
117 東京ビル附近、雨にぬれている。車と人が、いつもの通りうごいている。玄関で語りつづけるニ徳さん。
「・・・兄貴はもう一生懸命頑張れと・・・とにかくおまえたちが頑張らんば、水俣の患者はですたいね、たとえば幾派にも分れてるけども、いく派にもかかわらず、われわれがホノ・・・道をきりひらいて行かんばつまらんと・・・いうことはもうずっとこう・・・なんちゅうか、信念ンちゅうのかな、もってわれわれはやっとるし。だってはっきり言って、この千六百万から八百万と、公調委もあるいはチッソも、打ち出したのは、われわれがみちをひらいたわけですよねえ・・・こんな体でも・・・ですたい」
声のみのこし、小雨ふる東京駅とビル街。
〇エピローグ・その後の経過
118 字幕とナレーションが一緒に出る。
ナレーション『その後八日、自主交渉派、訴訟派、中間派が、チッソの四月五日づけ回答をほぼ大筋でみとめたんですけれども条件があります。
ー患者の将来を完全に保証するまで交渉するということを確認
ーそして本社交渉は再開しましたけれども、チッソの態度はかわりません・・・』
字幕「昭和四八年四月八日”
自主交渉派“”訴訟派“か中間派“チッソの五日付回答を条件つきで受諾
チッソ本社交渉団は「患者の生涯にわたる生活、医療の保証を求めて交渉続行」を確認
四月十一日
本社交渉再開、チッソ四月五日付回答の変更を拒否
四月十三日
チッソ、交渉中断を主張ー交渉団は補償金の返上を決定、とりあえず十八人分二億余円をチッソにつき返す
119 写真構成、社長の前にうず高くつまれた札と銀行通帳の束、浜元二徳、フミヨ、坂本フジエさんらの顔。札束に手をおき、返されて困惑のはて焦すいし切った島田社長、
ナレーション『・・・そして十三日、ついに患者側は、”補償金額で満足のはずだ”というチッソに対し、とりあえず十七人分の二億数千万円の通帳と、現金一千八百万をつき返し、"けっして金額に満足ではない。躰をもとにもどせ、さもなければ、一生を保証せよ”と迫りました』
120 経過の最後の字幕とナレーション
ナレーション『ー十五日、チッソの態度の変らないまま、交渉中断し、社長が姿を消しました。
ー十九日、チッソは交渉再開について、水俣に帰れといわんばかりの条件をだしてきました。当然患者側は拒否しました。
ーそして交渉が約束されていた二五日、チッソはついにあらわれませんでした。
ー一方、公調委は、現地水俣で判決なみの調停案を提示して、二日後調停は成立しました。
ーチッソはこれをふまえて、調停案をそのまま交渉団への回答といたしました。患者側は将来の保証が充分ではないと拒否しました。
ーこのように裁判の判決で水俣病問題に終止符をうとうという策謀は患者さんの闘いによって破られ、むしろ新たな動きがうみだされました。
ー五月末、有明海にも水俣病があることが確認されました。
ー一生の生活という問題は、たとえ分断されてはいても、全ての患者さんにとって切実な要求であることにかわりはありません。人間の生き方を問う患者さんたちの闘いはチッソの態度がかわらない限り、決して終ることはないのです』
上記のナレーションのバックに
字幕"四月十五日 未明
機動隊が待機するなかで、島田社長突然退出
四月十九日
チッソ再開条件を通告
「交渉は水俣支社で行う」ほか
「交渉時間、患者付添人員の制限、支援態勢の排除、東京・水俣両テントの撤去」など
四月二十日
この再開条件をめぐって紛糾、チッソ姿勢強硬ー 交渉再開に至らず、以後泊り込みに入る
四月二十五日
公害等調幣委員会、初めて調停案を提示ー判決なみ補償のほか、年十八~七二万円の特別調整手当(年金) をもりこむ
四月二十七日
”調停派” 公調委提示の年金、最低十八万を二十四万に増額する条件で受諾
四月三十日
チッソは交渉団に対し、"調停派“ と同じ処置をとると通告
五月一日
交渉団「医療と生活保証など、実情に合致しない」と拒否
チッソは事務態勢を移転し、長期のかまえをみせる
五月二日
チッソ社員から傷害罪で告訴された川本さんの初公判、裁判長の訴訟指揮をめぐって紛糾。支援者二名拘束
五月九日
三木環境庁長官 訪水
五月二十一日
熊本大学研究班 有明海に「第三水俣病」の存在確認
六月一日 現在
チッソは水俣での交渉に固執し、チッソ本社交渉団との交渉を拒否ー
『生涯にわたる医療・生活保証』問題を空白にしたまま今日に至る。交渉団代表、現在、チッソ本社内にて泊り込みを続けている“
〇字幕”水俣一揆ー一生を問う人びとー“
製作 青林舎
高木隆太郎
重松良周
米田正篤
佐々木正明
柳田耕一
山上徹二郎
スタッフ 浅沼幸一
一之瀬正史
大津幸四郎
小池征人
清水良雄
志村貞昭
高岩仁
土木典昭
真鍋理一郎
宮沢信男
宮下雅則
協力 アテネフランセ文化センター
小川プログクション
塩田武史
長征社
東北新社
宮本成美
連星映画株式会社
(採録責任小池征人・土本典昭)