「わが水俣病」博覧会・東京展一世界の水俣・水俣の世界一 水俣展企画案 企画書 <1992年(平4)>
 「わが水俣病」博覧会・東京展一世界の水俣・水俣の世界一 水俣展企画案

 水俣病を自分の人生に刻まれた、逃れることのできない問題としてうけとったひとびとは少なくない。患者だけではない。加害者側も「調停者」も逃れられない仕事をした。
 この事件から、ある予感に導かれて自分の仕事として発言し、運動し、あるいは表現したひとびとに「もの」(作品)が残されている。それがひとびとにとっての「わが水俣病」であった。この際、振り返ってその意味を問い直すとき、あらためて、各自の「わが水俣病」が蘇って見えるものになりはしないだろうか。
 その「わが水俣病」の掘り起こしと、総まとめの運動を空間的に纏めることができないか。これが私案の原点である。これはテ-マ先行のイメージとは逆の発想である。
 水俣病事件は被害者の各個人のなかに未整理に畳み込まれている。「わが水俣病」としてなら、いうべきこと、証明できるものを持っている。生身の存在で証言できる。
 この事件に向き合った関係者、加害企業の人間、行政担当者、医学者、弁護士、政治家、の行動、言行は残っている。それぞれの「わが水俣病」の核心部分は再録できる。
 この事件を文学、詩、ルポルタージュ、写真、絵画、演劇、音楽、歌、そして記録映画、など、作家・表現者作品を、それぞれの「わが水俣病」として新構成ができないか。
 ……この機会に新たな「作品」の受け皿としての、新しいスタイルの博覧会……
 ……水俣病に関わった人々の自発的参加による、それぞれの人にとっての「わが水俣病」の総展示といったもの。たとえば…
 ・水俣病40年に蓄積された「わが水俣病」の「表現」で綴る「考証的ディスプレイ展」。
 ・個人の記憶、営為を軸にした「わが水俣病」の作品発表の場としての「展覧会」。
 ・水俣病をめぐる多彩な人間関係とその営為を一覧表にした「水俣群像パノラマ展」。
 ・それぞれの水俣体験を日本と世界にむけてのメッセージとして、一つの空間に束ねる試みとしての「行動展」。
 ・世界の「わが水俣病」体験との情報交流の場としての「広場のイベント展」。
 ・現在を生きる「わが水俣病」の生活、生産品の展示即売の「生活展」など
…以上、ゴッタ煮のイメージですが、個の軸による「わが水俣病」総合展になれば幸です。