対象に対する愛情こそ(『よみがえれカレーズ』) インタビュー 『朝鮮時報』 3月12日付 朝鮮新報社 <1990年(平2)>
 対象に対する愛情こそ(『よみがえれカレーズ』) インタビュー 『朝鮮時報』 3月12日付 朝鮮新報社

 「アフガニスタン」と聞いて思い浮かべるものは、どこまでもつづく乾燥した大地。岩だらけの高山。イスラムの国。アフガン紛争。「勇敢な」反政府ゲリラ。これくらいのものか。
 しかしかの地にも不毛な戦いを怒り、死を悲しみ、平和を夢みながら、したたかに生きる人々がいる。地の底には冬山の雪どけ水が流れ、人々はこのカレーズがあるから「太陽と水に恵まれた国」だと胸をはる。過去はいっさい問わず、「国民和解」しようとする建設的な努力がある。
 そのありのままを、初めてありのままに見せてくれ、一方的な情報に曇った目を澄みきらせてくれた映画は、この人でなければできなかったのではないか。
 「ドキュメンタリーには誰もが自分の目で見て判断できる良さがある。嘘はすぐに見破られる。十年くらい見ないと撮れないですよ。手で触ったり、匂ったりしないとね。つまり対象に対する愛情。これがないと自分を乗越えられない。この映画で血の臭いのするアフガンではなく、大地の土の匂いのするアフガンを見てほしかったのです」
 この国に関する資料は十七年も前から集めている。思いつきでやったのではない。だからこそカメラはたやすく「写真」になる戦争ではなく、生活そのものをカレーズの流れとともに追う。そして、この国が抱える問題の本質と人々の願いを鮮やかに伝えるのだ。
 「水俣」を執ように撮りつづけてきた目は、つねに人間を見つめる。そして関心は四十テーマ以上に及ぶ。その中での比重はやはりアジアにある。朝鮮半島のスクラップだけで、南北あわせ九十冊あまり。
 「いま行ってみたいのは朝鮮半島。ともかく行ってみることから始まらないと」そのカメラに朝鮮半島はどう映るだろうか。