反響をよんだ日本の記録映画 アムステルダム国際ドキュメンダリー映画祭から帰った土本典昭監督に聞く インタビュー 『思想運動』 428号 1月1日号 活動家集団思想運動 <1991年(平3)>
 反響をよんだ日本の記録映画 アムステルダム国際ドキュメンダリー映画祭から帰った土本典昭監督に聞く インタビュー 『思想運動』 428号 1月1日号 活動家集団思想運動 

 日本の記録映画二〇本を上映

- まず「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭」のこと、そこでの監督の作品にたいする反響などから聞かせてください。

土本 「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭」は、三年前から映画祭事務局が設立され、オランダのシネクラブが中心となって毎年開催しているもので、コンペがあり、最も優れた作品にはヨリス・イベンス賞が出されています。ライプチヒ映画祭などは五〇分以内のドキユメンタリしか参加資格がなく、ぼくの長編なんかは参加出来ないのですが、この映画祭にはそういう制限はなく、『よみがえれカレーズ』も参加資格があったのですが、いろいろな理由で果たせませんでした。
 今年は、この映画祭で「日本のドキュメンタリーの回顧展」として、一九二七年から今日までの日本のフィルム二〇本が上映され、その中の一本として『水俣-患者さんとその世界』が出されたのですが、他に、天皇の即位の日の、かつては人民広場といわれた皇居前広場の様子を、高岩仁さんたち、いわゆる水俣スタッフといわれる気心の知れた連中に呼び掛けて撮ったニュース・リール風のフィルム(一八分)に「一九九〇年十一月十二日の正午から三時まで」という課題をつけて上映しました。
 反響は、それぞれにありました。特に水俣については、「今チッソの会社はありますか」「組合はどうしていますか」「患者は救済されたか」「裁判は負けたのか」等の質問が多く出ました。ヨーロッパではあちこちですでに上映されているのですが、オランダでは最近上映されたものとしては初めてのようで、はじめて水俣病の存在を知った人がいて、そのようなアピールの効果はあったと思います。
 即位の礼のフィルムについては、オランダも君主国ですから王様はいますけれども、普通の館に住んでいるだけですから、天皇とか日本の状況について想像がつかず、あれだけではわかりにくかったと思いますが、即位式があれだけの厳戒態勢の中で行われ、しかも、奉祝する人が限られた通路を通って身体検査を受け、奉祝する場に向かうという見苦しい状態を、向こうの人たちは声をのんで見ていました。
 特に若い人たちは見ても質問の糸口がわからないということはありましたが、年配の天皇の歴史を知っている人びとにはよくわかり、びっくりして質問もありました。若い人たちにとっては、撮りっぱなしのフィルムを音をつけて見せてくれた、一つも修飾しないで撮った順にフィルムを見せてくれたという仕上のしかたにはびっくりしてましたけれど。

- 杉並でそのフィルムを見せていただいたのですが、特別な場所からではなく、一般の人びとが見ることのできるところから撮られているにすぎないのに、必要なことを逃さず、映像に深みさえ感じるほどでした。このフィルムは今後どうするのですか。

土本 あのままの状態で、二重橋にパトカーが入っていくところから、集会で、誰か弁士をつけて上映してもいいし、とにかくスタッフ全員でどうするかは検討するつもりです。

 『戦う兵隊』など亀井作品の反応

- この映画祭で上映された日本の作品で他に注目すべき作品にはどのようなものがありましたか。亀井文夫監督の作品なんかはどうだったのでしょう。

土本 亀井さんの作品は、『戦う兵隊』、『日本の悲劇』、『生きていてよかった』の三本を出しています。向こうの人びとにとって、それぞれが面白かったんじゃないでしょうか。作家が出てないものですから質疑応答の場がないんですよ。わりと人が入っていて熱心に見ているなという印象はありましたが、全部英語版でスーパーは勿論、吹きかえもされていましたから。
 しかし、『生きていてよかった』なんかは、今見るとつらいですね。つまり、原水爆禁止の運動が二つにも三つにも分裂しているでしょう、まだそういったことが起きない時期の話しですから、その後の日本が原水爆禁止の運動でどうなっているかというコメントがないといけなかったのじゃないか、上映の仕方がていねいだと後で質疑を受けることも出来たのですが、ぼくはその用意をしていつたのですが、作家が来なくて、回顧展だったということもあるのですけれど、なかなか質疑応答ということにはならなかった。
 それと『戦う兵隊』についていいますと、日本人の中国侵略という歴史的事実を知って見るか見ないかとでは、だいぶ印象が違いますね。ごく自然主義的な正確なリアリズムの映画とは受けとりますが、この映画の意図するものが、反戦とか厭戦とかであるというふうには受けとらないのです。この映画には、中国の民衆も出てくるし、赤ん坊も少年も老人も出てくるのですが、そうしたカットの受けとり方が違いますね。向こうの映画ですと、累々たる死体の山なんかが出てくるわけですよ。惨たらしい死体がどんどん出てきて、ちょっと使っているニュースリールでも一目見て凄い衝撃があるのです。
 亀井監督の作品の場合、作品の置かれている歴史的枠組を説明しないと良く理解されない点があることが良くわかりました。南京大虐殺のことを知っている人がいれば、作品が対象にしている場所が、漢口だろうが武漢だろうが上海だろうが、南京の大虐殺が出て来ないのかという疑問を持つでしょう。そうしたものを出すのは、いい悪いの問題ではないのですよ。だから、反戦としては、何ということはないじゃないかという反応がかえってくるのです。亀井さんの場合、戦場の惨たらしさを撮るなとか、いくつかのタブーがニュース映画にあって、それに縛られていましたから、そのことを頭に入れて見なければならないということがあるわけです。
 『日本の悲劇』については、天皇が軍服姿から背広にかわるところでは、当たり前だという反応がありましたし、ごく普通でした。しかし、『生きていてよかった』の英語のナレーションには問題がありました。わたしは、直してほしいと思うからいうのですが、感情移入型のいやなナレーションでした。「わたしは、はじめて人前にこの顔をだすのです」というところなんか、日本の安物のテレビドラマの吹きかえによくあるような声で言うのです。こちらが恥ずかしくなって因りました。後処理において、映画人がきっちりと協力しなかったからでしょうね。日本の作品としては、原一男の『ゆきゆきて神軍』、男性間の同性愛を記録した、未公開ですが非常に水準の高い『螺旋の素描』、小津安二郎の歌舞伎を撮った映画、日本の朝鮮支配のために作られたものだが、貧民街だとかその否定的側面をよく捉えている貴重な作品『京城』、その他『東京オリンピック』、『東京裁判』、大島渚の『忘れられた皇軍』、小川伸介の『どっこいー人間節』とかいった作品が出ていました。

 歴史化された作品のかずかず

ー 外国の作品は、どうだったですか。

土本 自分の映画の説明に追われていて、あまり見ることが出来ませんでしたが、ロシア革命のときの反共映画、レーニンやボルシェビキがどれほど残忍かという「やらせ」のドキュメンタリーなんですよ、累々たる死体の山なんかだしてね、これは全部ボルシェビキに殺されたとか、全然脈絡のないような反共映画とか、それらは反共映画という枠組の中で、記録として発表しているのです。それから、ムッソリーニの行動について、アメリカの前衛映画作家が徹底的に皮肉って彼の正体を暴露した映画とか、ドイツが作ったソビエトの共産主義は駄目だという映画とか、そういった東西冷戦下の枢軸、反枢軸国とかで作られた映画がまとめて回顧展で上映されたのです。これを日本でやったら大反響があるだろうと思うほど面白かったです。
 映画は正しい史実を伝える役目と同時にいかにデマゴギーが出来るかということがよくわかります。今でこそわかるのですが、それが発表された時代においては、どれほど悪質なデマ映画になったか、影響力を持ったかば恐いほどわかりますよ。そうした作品を枠組をはっきりさせ、批評家もちゃんと書き込んで見せているわけです。

- そのまま上映されていたのかと、疑問を持っていました。作品をきっちり歴史化して見せていたわけですね。

土本 テキストも作られていて、上映の始まる前に一本一本がいつの時代に作られて、どういう使われ方をしたかを克明にしゃべってくれるものですから、見ている人が笑うところはみんな一緒なのです。日本を皮肉ったやつが出てこないかと、はらはらしましたがね。
 映像というのは、モンタージュの仕方、ナレーション、音楽によっていかに同じ素材が逆な意味を持ったものになるかという典型みたいなものです。ですから、恐いのです。

- たくさんあるのですが、今日はこれまでにさせていただきます。今年もおおいに活躍されますよう祈っています。