『留学生チュアスイリン』について アジア人留学生と日本学生の連帯の記録 「第4回ゆふいん文化・記録映画祭」パンフレット 5月 ゆふいん文化・記録映画祭
この映画はドラマティックな骨格をもっている。敗者復活の記録となったからだ。
留学中、祖国マレーシアの独立運動をおこなったことが現地政府の逆鱗にふれ、留学生資格の剥奪と帰国命令を受けた主人公チュア・スイ・リンが日本で学生の身分を回復するまでの闘いを描いたものだが、それは予想をこえて彼の勝利に終わった。その経過を三か月にわたって追った記録だが、その当初は敗北しか考えられなかった。彼はマレーシア政府の意のままに国費支給を打ち切った日本の文部省を相手に裁判で訴え、同時に即座に学生の資格を取り上げた千葉大学(留学生部)に身分の回復を求めていた。だが、彼に支援するものは同じアジア人留学生数人と民間の留学生世話団体の職員田中宏だけ、母校、千葉大の教授たちも手をこまねいていた。あと頼みとするのは千葉大学生に訴えるほかなかった。その日本人学生も日頃留学生部との交流がほとんどなかっただけに戸惑いが見られた。映画はその悲観的な状況が変わらないだろうが、せめてその彼の孤立と窮状をあきらかにすることで、この映画が彼を支えるものとなればと願うのみだった。「アジアに背を向けた日本」というテーマになるはずだった。だから映画の前半は闘いの芽生えはほとんどなく、訴えても声の届かぬ思いを噛み締めるチョア君の鬱積した表情で綴られている。その描写ゆえに後半の彼の喜びが際立つものとなった。あえてドラマという所以である。
勝利に転じたのはチョア君の捨て身の抗議行動と彼を支えた田中宏氏(のちにアジア人問題の権威となった)の訴えにこたえた千葉大の学生の決起である。のべ千人をこえる学生がチョア君のために大学に抗議し、連日連夜闘った。全く自発的な意思で彼を守った。これは映画のシナリオには書けないドラマであった。新しい日本人学生の誕生、アジアに目を向けた若いひとびとの連帯に、私自身が眼を洗われる思いで綴った記録となった。
『留学生チュア・スイ・リン』
白黒、16mm、51分、65年、製作・藤プロダクション(現自由工房)
製作者:工藤充、企画:チュア君を守る会、
演出:土本典昭
撮影:瀬川順一・瀬川浩・身内哲雄・黒柳満
音楽:三木稔
打楽器:田村拓男
解説:大宮悌二