土本典昭の根室調査報告から存亡のオホーツクまでの経過 ノート <1995年(平7)>
土本典昭の根室調査報告から存亡のオホーツクまでの経過

資料(発表順に番号がつけてある)

1、①19920910
記録映画「アイランズ」のための調査メモ査担当・土本典昭大津幸四郎

2、19921028
竹本信弘氏が来宅、その時にアラノビッチあての報告書を竹本氏に渡す。

3、19921100
フジテレビの企画制作部の太田英昭氏に20分あう。シノブシスと添付資料をほしいといわれる。

4、19921211
第一稿を持っていく。会ったのは喫茶店。土本は1億2000万円予算をだす。放映にあと映画にすることはペンデングといわれる。

5、②19921213 
松村康弘氏への手紙 (中標津町町議「光のメッセージ」代表
概要:合作映画がなくなって、フジテレビの企画が決まりそうだ。

③19921214 
蓮實重彦氏への手紙
概要:合作映画はなくなりました。

④19921217
奥家氏への手紙(元国後島島民)沖中漁協 風連湖
概要:合作映画がなくなって、フジテレビの企画が決まりそうだ。

⑤19921217
得能氏への手紙
概要:合作映画がなくなって、フジテレビの企画が決まりそうだ。

⑥19921225
企画解説『されど海……オホーツクのひとびと』について…これは映画のテーマの流れを示すもので、構成案ではありません…-第2稿-                       
フジテレビへの企画解説を書く
19921225 夕方
太田局長から電話あり「編成局と合意した」⑥の企画解説をおくる

⑦19921226
安山淳美氏への手紙
概要:共同監督辞任とフジテレビの企画が決まりそうだ。
19920106 
中田千佳夫氏への手紙
概要:アラノビッチの作品は調査担当でした。この企画がフジテレビの特別番組に採用されました。

⑧19930107 
竹村泰子氏への手紙
「お会いした折にも「共同監督」については、安山氏の意向に反し、確言いたしかねておりましたことはお察しのことと存じます。問題があまりに重大なテーマゆえに、企画段階からの日ロ双方の付き合わせと合意が必要との私の映画演出技術上の判断がありましたが、諸般の事情からレンフィルムのアラノビッチ監督の設定したスケジュールで撮影に入ることになりましたので、その後、調査のまとめと助言に協力をとどめざるを得ませんでした。ロシアにおける情報の早急な伝達が氏らの使命であったと思います。しかしながら、私の調査で背おわされた仮託には予想をこえた重いものがありました。それを外国人の企画した映画に「合作」の形で相乗りすることは失礼且至難のわざと考え、共同監督の儀は辞退いたした次第です。」フジの企画がフジテレビの特別枠に採用されました。
19930118
滝田からTELメモ 泥酔電話。
19930122
フジテレビ企画部制作局の太田英昭氏からFAX(原文あり)
「先日はお越し頂きありがとうございました。編成との間で合意が成立し、基本的には本企画について、GOの決定をとることが出来ました。CXサイドのプロデユーサーがきまり次第、来週にも一歩前進の打ち合わせの機会をもてたらと考えています。竹村さんも参加してもらうつもりです。お身体の調子がすぐれないとか。お元気なお顔を見れる日を楽しみにしています。」

⑩19930128 
「されど海ーオホーツクのひとびと」演出部 シナリオを書く 

⑪19930200
竹村孝章氏への依頼状
ロシア総領事のアブドラザコフに合わせてほしいと依頼する

⑫19930206 
されど海シナハン日誌を書き始める

⑬19930202
企画書『されど海』検討連絡先つくる

⑭19930202 
北方四島ロケハン住所録をつくる

⑮19930306 
企画書第二稿 改題「母なる島―海告げる声」書く

⑯19930329 
北方四島ロケハン住所録2をつくる
19933030 
フジテレビの青木征雄氏より制作打ち切りの通告。
19930331
フジテレビの青木氏に通告の内容を文書にしてくれるようにFAXする(原文あり)
19930331
フジテレビの太田英昭氏へFAXおくる。(概要:自分にとって、フジテレビの相手は太田氏である。)中止勧告はあなたがすべきだった。(原文あり)
19930402
青木氏よりFAXくる
19930413 
企画改訂原案『されど海ーオホーツクの人びと』(16mm・ 2時間または前後篇 3時間)(1993,4,13シグロ提出)

⑰1993414
フジテレビ編成局制部(青木征雄プロデュサー)宛 おねがいの件
「1993414フジテレビ編成局制部(青木征雄プロデュサー)宛 おねがいの件
「さる三月三〇日、『されど海-オホーツクのひとびと』の制作打ち切りの通告の際、貴下よりお申出の金(生活費)の提供に関し、過ぐる三月上旬、札幌での口頭にやりとりの経過(「ギャラは只」云々)にこだわり、一旦、言下にお断りしました。しかし事実として、企画のゴーサインのでた昨年末よりこの仕事に専念、ために小生無収入にて、生活に支障を生じています。
 以上の理由により、当日の「受けとり辞退」の前言を撤回し、せっかくの貴意の申出をそのままお受けします。<その際ご予定いただいた金額、あらためて下記(さくら銀行永福町支店・普四〇三三五七四、私名義)宛、振り込んで下さるようおねがいします>。当初より、文書(契約書など)を交換していない経緯から、あらためて、これをもって貴下のご通告にたいする私の正式の返答とさせていただきます。
 なお企画(原案)についてはその際の意向表明通り、今後も発展させる所存です。貴下のご健勝をいのります。
 一九九三年四月一四日 契約「監督」」

⑱19930416 
JTB 津山哲裕氏手紙
北方四島調査のツーリスト依頼

⑲19930416
通訳の村山敦子さん依頼

⑳19930418
四島の入るときはアブドラザコフ氏の協力が画必要なので、ロシア語堪能の荒井信雄氏へアブドラザコフ氏へこのところの企画の変化の経過の説明を依頼する。
21、19930419
アブドラザコフ氏への手紙
22、19930426
荒井良雄氏レクチャー
23、1993428
UHB報道制作局 細谷哲男様
具さんのほかにも通訳を紹介してほしい
24、1993428
竹村孝章氏へ手紙
25、
竹村孝章氏へ手紙
19930505 
「されどーオホーツクのひとびと」記録映画調査スタッフ
19930508
取材者にわび状
19930513
オホーツク 極東人名簿
19930900
NHKのためのタイトル
19931115
ドキュメンタリー存亡のオホーツク企画書
19950720
『されど海-存亡のオホーツク』初版出る