記録映画『公害とたたかう-新潟水俣病』(48分) 1968(昭和43)年作品 企画・製作「映画・新潟水俣病」をつくる会 企画書 <1998年(平10)>
記録映画『公害とたたかう-新潟水俣病』(48分) 1968(昭和43)年作品

企画・製作「映画・新潟水俣病」をつくる会

1 代表的工業地帯とその煙突群。「公害を作るのは誰か」(「」内はナレーションの要旨)。 35秒
2 水俣の海と市街。チッソ工場の俯瞰。工場の正門、排水溝。「昭和31年、水俣病発生」。 51秒
3 湯堂部落の被害者・運動失調を訴える老人。 19秒
4 海辺の丘の墓場。碑名『久遠浄楽童子』。花をたむける母親。 「被害者 111人、内死者41人。…昭和40年、新潟で水俣病は繰り返された」。 33秒
5 メインタイトルに続き、阿賀野川に小船を出すふたり。定置網で魚を捕る。
「ここ下流はニゴイやウグイの漁場。年間水揚げ5400万。海からのヤツメ ウナギだけ捕って、後は川に捨てる」。 1分44秒
6 新潟大学医学部研究室。魚のサンプル、その切り身からの水銀分析。 1分
7 付属病院。椿澄雄教授の診断風景。男性患者の視野狭窄、 同運動失調を調べる。「新潟での死者すでに 5名」。 2分19秒
8 脳の標本、その細胞の顕微鏡写真。 34秒
9 <新潟水俣病の発掘>『明るい医療』民医連・新潟勤労者医療協会紙… 昭和40年1月。「発見は1月。県はこれを放置…民主診療所(注、沼垂か、この映画には固有名詞がすくない)の医師たち、および民主勢力が真相究明に乗り出した」。 20秒
10 冬、阿賀野川の患者たち。半農半漁の大野さんの大家族。息子の遺影。妻とふたりの子供を残して。「県当局は6月12日、水俣病発生を公表した」1分15秒
11 阿賀野川の患者たち。食事を取るのに合せ鏡で箸を使う。 
構音障害顕著。 1分30秒
12 橋本さん。自転車屋さん。ほこ突き。ニゴイを摂取。 50秒
13 桑野さん。息子40年3月死亡。生活保護家庭に転落。 1分53秒
14 胎児性患者古山智恵子さん「いまだ未認定。妊娠規制 は50名にのぼる」。 27秒
15 発生状況の地図「死者5名、患者25名、 200ppm以上の水銀保有者1000名 …県発表」。 25秒
16 厚生省特別研究班の汚染源調査の線画。昭電鹿瀬工場の上流には「発生ナシ」 20秒
17 昭電鹿瀬工場に向かう弁護士ら。工場のある町、鹿瀬。「昭和初年創業。豊富な地元の石灰岩、水源、安い労働力をもって稼働中。カーバイトから酢酸・ビニールのためのアセトアルデヒドを製造」
 工場は調査団の立ち入りを拒否。患者、厚生省研究班の見解を聞けと要求。 45秒
18 化学者(声、喜田村正次)のモデル装置での有機水銀発生のしくみ実験。 44秒
19 昭電鹿瀬工場の排水口からの放流。 23秒
20 <熊本水俣病の回顧> 昭和31年当時の学用フィルムより。 
 新聞記事『熊本大学、有機水銀説発表…昭和34年7月23日付』。
 『その反論…8月6日付』。 57秒
21 <新潟水俣病の運動> 新潟勤労者医療協会を軸とする民主統一戦線的組織つくり。
 昭和40年8月、『水俣病対策会議』を結成。
 12月『被災者の会』結成。
 「県、死亡者見舞金10万円、被災者に貸し付けを認める」 1分23秒
22 新潟水俣病の成人患者のリハビリ。 1分 
23 新聞記事『厚生省研究会、汚染源を昭電と結論…昭和42年4月19日付』
 「昭電、(新潟地震による)農薬流出説に固執している」 34秒
24 <運動と訴訟提起> 昭和42年6月、新潟水俣病闘争決起大会。
 桑野さんら3家族、提訴。その第一回公判の法廷内外。 1分40秒
25 現場検証にともなう闘争。昭電鹿瀬工場行き。各地の公害運動代表参加する。
 農薬(6000トン)流出説をめぐる検証(新潟地震は昭39年発生)。 4分54秒
26 地図と写真による農薬説への反論。 1分10秒
27 新聞記事『公害基本法国会通過…昭和42年8日付』『とんだザル法』 25秒
28 患者と弁護団の会議。「裁判は20年かかる」とのデマについて。 1分23秒
29 街頭宣伝にでる。労組、文化人、婦人、民青など。通産省の『反論』バクロ。新聞記事『(2億円の公害救済基金制度をいれず)研究費2000万円のみ』。1分57秒
30 水俣の患者(代表中津芳夫)らから支援の手紙。富山イタイイタイ病との連携に動く。
 神通川現地での新潟水俣病弁護団(坂東弁護士)のアッピール。 1分50秒
31 新潟国鉄労働者、昭電鹿瀬工場の労組者との交流。 47秒
32 『被災者の会』の昭43年 新年総会。水俣との交流を決め、旅費計10万円のカンパ始める。民主団体の一斉行動。スローガン『全国共闘をめざして』。5分 7秒
33 新潟駅頭出発風景。古山母子はじめ、弁護団、支援団体一同。 56秒
34 水俣駅到着。案内者宇井純。出迎え日吉フミコほか大半の患者でる。
 市内デモののち、交流集会。水俣病対策市民会議「立ち遅れに反省」の意、 表明。 1分24秒
35 水俣市民病院水俣病病棟を訪問。原田正純医師、古山智恵子さん診察。
 登場する患者、船場岩蔵、松永久美子、村野タマヨ、中村千鶴、鬼塚勇治、長井勇さんら。 3分12秒
36 ふたたび交流集会、そして離水。 1分 6秒
37 新潟での報告集会。労働者(国鉄)、農民、教研集会などでの報告。
 スローガン「いのちと健康と暮らしを守るたたかい」「統一と団結」。 3分