検証 全学連 半世紀の問いそれぞれ 『朝日新聞』 2000/3/22 朝日新聞社 <2000年(平12)>
 検証 全学連 半世紀の問いそれぞれ 『朝日新聞』 2000/3/22 朝日新聞社

 「理念は否定できず」

 記録映画作家の土本典昭さん(七一)は敗戦翌年の一九四六年、早大に入学した。土本さんにとって「民主主義とは共産主義」だった。日本共産党に入党し、全学連の結成に参加した。
 土本さんを奮い立たせたのは四七年二月、GHQにつぶされた2・1ゼネストだった。
 しかし、共産党は五〇年のコミンフォルム批判で徳田球一氏らの所感派と志賀義雄、宮本顕治氏らの国際派に分裂した。混乱の中で土本さんは「小河内山村工作隊」に派遣される。
 東京都奥多摩町で工事中だったダムの建設を阻止し、労働者や農民を組織して山村地主を粉砕する「武装闘争路線」と呼ばれたものだった。五二年七月、ダム近くの可燃物に放火する指令を受けたが、迷ってマッチ箱を持ってうろついているところを逮捕された。
 退学し、執行猶予の判決が出た後に岩波映画製作所に臨時採用され、記録映画の道に入った。
 土本さん自身はその後、水俣、アフガニスタン、原発といった題材を撮り続け、「殺すな」というメッセージを送り続けた。
 共産主義も社会主義も、権力闘争になだれうつ人間の弱さや官僚制の腐敗などを克服できずに失敗を続けてきたという。しかし、搾取や差別のない人間社会の理念まで否定されていいのか、とも思っている。