キューバは ノート <>
 キューバは 

 キューバは、帝国主義、とくにアメリカからの政治的経済的軍事的迫害に耐えてきた国だ。その国がドルの流通を認めることは外資導入へのやむを得ない措置であっただろう。アメリカの経済封鎖の口実はこれで皆無になった。一方、経済危機の所以がソ連の崩壊とその援助の打ち切りにもあることは誰でも知っている。ソ連のキューバへの援助は特殊な物々交換であったためか、原油などエネルギー資源輸入の原資を砂糖キビ生産に置いた。
 コメコン体制崩壊後も、ソ連が石油をいかに廉価にキューバに供給しつづけたかを、カストロ自身の言葉(本誌前号)で知った。ソ連への怨嗟の拭われているのに心うたれた。
 最近、極東ロシアを歩いて、各地の石油不足によるパニックを見てきた。同じ「離島」である北方四島はとりわけ厳しい。エネルギー不足による停電、工場の休止など極限状況にある。生産の四割減、半減の事情もキューバと同じ。そこがカニ・ウニの北海道への輸出に活路を見出だし、すでに「円」経済圏に取り込まれている事情も、ドル経済圏に順応しなければならないキューバと同じに思える。ただ違うのは民衆に率直に事態を明らかにし、困難の所以を語り、革命の獲得した事物への擁護を訴えているところだ。フィデル・カストロの言葉に人類史の遠い展望へのまなざしはあっても、楽天やごまかしは微塵もない。ひとびとの魂をゆすぶる真摯な言葉は、いまキューバ以外、世界のどこからも発信されていないように思える。逆境からの声ゆえに真実を分かち合うことが出来るのだろうか。
 あらゆる民族紛争や宗教の争いも飢餓と貧困に根差している。不公平な富の偏在を正すのに暴力しかないと考える時代は終りを告げてはいない。そのなかにあって、キューバに起こるであろう否定的な現象を予じめ解き明かし、次なる豊かさの公平を共に考えていこうとひとびとに訴えるカストロの言葉は、国境を超えて共生の思想を問いかけてくる。自分のためにも「キューバからの声」に耳を研ぎ澄ませたい。私はその機会をつくってくれたこの呼び掛けに共感し、集会の成功を願っている。
 カストロは砂糖キビ・砂糖の単品生産に近いモノカルチャ-への警告を特にキューバ危機以後は繰り返し指摘していた。一九六八年、黒木和雄監督の『キューバの恋人』のロケ時、十数種の熱帯に適したタネ籾を携行したのも、米作に意欲的なその農業関係者の依頼に沿ってであった。その後の食糧危機を想像する時、数百粒のタネ籾と受け取った担当者の喜色と希望にあふれた顔を思い出す。